先日石川県で『Secret of pukapuka』と『そういうわけで』の上映会をやってきました。その時の様子です。
あなたのところでもぜひ上映会やってみて下さい。新しい気づきがいっぱいあります。新しい友達がいっぱいできます。
あ、おもしろそう、私のところでもやってみようかなって思われたら高崎まで連絡ください。
メールアドレスは
takasaki@pukapuka.or.jp
ぷかぷか日記は以下に移転しました。
ぷかぷか日記 – NPO法人ぷかぷか
先日石川県で『Secret of pukapuka』と『そういうわけで』の上映会をやってきました。その時の様子です。
あなたのところでもぜひ上映会やってみて下さい。新しい気づきがいっぱいあります。新しい友達がいっぱいできます。
あ、おもしろそう、私のところでもやってみようかなって思われたら高崎まで連絡ください。
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takasaki@pukapuka.or.jp
愛知県の尾張一宮で簡単な演劇ワークショップやってきました。
その感想です。
1.利用者保護者
とても楽しいワークショップでした。
身体を動かしている時は、年齢、性別、障害があるか?無いかなんて関係無く、皆んなと一緒で楽しい、でした。
今後も、ぷかぷかさん色々な活動をして欲しいと思いました。
2.スタッフA
意見や考えを出し合うことで収束するのではなく、それを身体で表現することがワークショップで一貫していたので、恥ずかしかったり意気地や元気がなくなったりしてもわりと参加的になれるのがよかった。
その人がそこにありのままにいるだけで、表現者であるという、哲学があった。
3.スタッフB
大変楽しく参加させていただき、ありがとうございました。
今回、いつもとは違う交流の中で、参加者の性格や障害について詳しく知らないからこそ、新たな一面が引き出されることがあると感じました。
例えば、支援者が「彼は大人しい」という思い込みを持っていると、そのまま「大人しい人」として関わってしまいがちです。
しかし、思い込みがない支援者であれば「あれをやってみよう」「これも試そう」と、守りに入らず提案できます。
今回の演劇ワークショップは、そうした“思い込みの殻”を壊す力があると実感しました。
また、私は今回、車椅子の利用者さんの介助を担当しましたが、彼女ができる範囲で参加できるように工夫したいと考えていました。
そのため、特別な配慮が必要な方がいる場合は、事前に打ち合わせをしておくとよりスムーズだったと感じました。
そして何よりも、今回のように「正解がない」「正解を求められない」自由な場は、教育の現場にも必要だと強く感じました。
4.利用者A
楽しかったです。体を使って表現する機会は中々なかったので、皆アイデアが様々で、頭の中は皆違うんだなと新しい発見になりました。
5.スタッフC
まずアイスブレイクでゲームを楽しんで,それからあらたにグループを作ってそのなかでお題をこなしていくのがとても刺激的でよかった!
同じ仲間や支援者では新しい発見が見つかりにくいが、知らない相手というだけですべての条件がリセットされて共にお題に取り組む同志のようになる。それが徐々に楽しくなり、普通になる。助けたり助けられたりみんな一緒!
ぷかぷかさん、ありがとうございました。気づきがたくさんありました。
6.利用者保護者
先日は、親子で演劇ワークショップに参加させて頂き、ありがとうございました。
初めての体験でしたが、とても楽しかったです。なかなか思っている事を、身体で表現するのって、恥ずかしいし、難しいし・・・
でも、そこを、子ども達は素直に、純粋に、思ったまま表現し、それを全て受け入れてくれる先生や支援者さんの姿に、とても癒されました。
大変貴重な経験となりました。
ありがとうございました。
7.利用者B
車いすで唯一の参加でしたので、他にも自分と似た方がいるといいと思った。
ワークショップのグループのメンバーがかわるのが、おもしろそうだが自分としては少し不安だなと感じた。
動きのあるなかに、私のようなメンバーがはいると困るかななどを考えてしまい,観覧ばかりでなかなか参加するまでに至らなかった。
・楽しかった
・悪ものウサギを退治したことと、飛んだのがたのしかった。
立ち幅跳びもおもしろかった
・ジャンプした。ウサギ~
・ライオンやった
・しっぽ
・ライオン、ジャンプ
大きい声をだしたこと。ヒカルさんと同じチームだった。
・しっぽ取のとき、前の小学生たちが早くて、こわかった。
・すぐに輪に入れる人、全然入れずに、壁に引っ付いている人、輪に入って積極的に演劇に参加できる人・・いろいろで、この人が???という意外な展開もあり面白かったです。
何かのきっかけで、気持ちが下がってしまったり、盛り上がることができたり・・何がきっかけになるかわからないところも面白いです。
ほかの施設の人とも、すっと打ち解け、一緒に共同してやっていく力もつく
コミュニケーションを取ながらやれる演劇の魅力を改めて感じることができました。
やり方も、いろいろ勉強できました
・様々な人と一緒に演劇を行うことで、すぐに参加できる人も入れば、なかなか輪に入ること人もいました。それでもその方一面として大切な面だと思いました。
その時の感情を表現する難しさを感じつつも、表に出た感情を肯定し表現として捉えながら、一瞬で輝ける場面を持てるのがとても面白いと思いました。
職員A:普段作業所の活動では、「お仕事・作業」という時間がほとんどのため、「演劇」という表現活動との大きな違いを感じた。表現活動は、「自分を出せる、自分の個性を出せる」ものなんだ、と映画をみて感じた。今後、10月にある福祉会のお祭りのステージ発表に向けて練習が始まるが、これがまさに「表現活動」として、個性を炸裂させられる場として生かせられるといいと思った。
職員B:色んなタイプの人たちがいたが、みんなでお互いを分かり合おうと努力をしている、その意識が素晴らしいと思った。ボランティアさんも、その人と関わる方法を考えて、関わる事で知っていく過程がよく映し出されていた。
職員C:一人一人の個性をうまく引き出されていて、そこが素晴らしいと思った。それなのに団結にもつながっていっており、すごいなぁ、と思った。
午後のワークショップ
・6名のなかまの方たちは、総合すると平均年齢40代の方たちです(最年長は60代)が、知的年齢は小学生くらいの方たちです。純粋な「遊び」という感覚でとても楽しんでいるように見えました。普段なかなか、あのような活動はないので、見ていて発見の多い機会でした。特に、普段あまり関わる事がないお子さんたちが多かった事も、純粋な感覚につながった様で、とても良い環境だったと思います。
・6名のなかまの方たちは、想像したり、話し合ったりということは難しい方たちです。何をしたら良いか?戸惑いの様子も見受けられましたが、同じグループとして表現が始まると一緒に参加しており、他の方たちの存在があってはじめて楽しめる中身だと感じました。参加し、体験することが出来たことが、何らかの解放につながりそうだな、と見ていて思いました。そういった要素をもつものが、音楽、造形、ダンスなどの表現活動なのだな、ということを改めて感じました。
☆ご利用者の感想☆
・お題になったものをイメージしながらチームで相談した
・楽しかった
・最後まで恥ずかしかったけど楽しかった
・ライオンが怖かった
・発表は緊張した
・「キック キック トントン キック トントン野原のまんじゅうはポッポッポ 酔ってゴンべさが30個食べた」確か宮沢賢治の「雪わたり」だと記憶があるので「キック キック トントン」もやりたかった。シアターゲームはこれまでに何回か経験がありますが今までで一番人数が多くて良かったです。
☆スタッフの感想☆
小学生の時にやった創作ダンスや学芸会でくらいしか表現や演劇というものに関わったことがなく未知の世界でしたがワークショップでは子どもたちも多く想像力が豊かで元気もあってこちらが引っ張ってもらう感じでした。
モーヤーコのご利用者は中に溶け込めない方もいましたが緊張しながらも初対面の方々と「チーム」になって発表している姿を見て感心しました。
ぷかぷかさんの映画を観て年齢もバラバラ障害の有無も関係なく1つのものを作り上げることにみんなが魅了されていっている様子が伝わってきました。
自分たちの意見が反映されたりそれがお客さんんにウケたり直接的に実感できることは素晴らしいことだな~と感じました。
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感想の中に
「その人がそこにありのままにいるだけで、表現者であるという、哲学があった。」
というのがありました。すごいなぁ、と思いました。私は、その人がそこにいる、そのことに意味がある、といってきたのですが、それを表現者である、と語るところがすごいなと思いました。そんな風に障がいのある人達のことも受け止めることができたら、社会はそこから変わっていきます。
ムンバイを舞台にしたインドの映画『アハーン』を見てきました。ダウン症の青年『アハーン』が主人公の、あたたかくで、なんとも楽しい映画です。
アハーンは25歳。仕事がしたい、家がほしい、家庭を持って、子どもは男の子と女の子の二人…と誰もが持っているいろんな思い、夢が心の中を渦巻いています。でも、親御さんも含め、誰も本気でいっしょに考えてくれません。障がいのある人の置かれている状況は日本もインドもそれほど変わらないんだなと思いました。
それでもアハーンのまわりには、ホッとするようなあたたかい雰囲気があって、人が自然に集まってきます。彼はあるがままの自分を生きています。彼には悪意がありません。やっぱりこういう人は街にいた方がいい、とあらためて思いました。
アハーンのような人がいると、街が明るくなります。楽しくなります。なんだかホッとできます。こういう人は街の宝です。
お母さんの作ってくれたお菓子を配達に行ったことがきっかけで、オジーという極端な潔癖症(強迫神経症)のおっさんと知り合いになります。下の写真のような顔をしていて、なんともとっつきにくい感じなのですが、このオジーがアハーンと知り合うことで、少しずつ変わっていきます。ここがこの映画の見所になっています。
アハーンがオジーの家に配達に行った際、奥さんの作ってくれたビリアーニ(南アジアの炊き込みごはん)をごちそうになり、その時うっかりソファの上にこぼします。オジーは猛烈に怒り、掃除機で掃除し、もう絶対に家に入れるなと怒鳴ります。あらゆる場面でオジーはうるさく小言を言い、うんざりした奥さんはついに家を出て実家に帰ってしまいます。
オジーは潔癖症故に、ほとんど家から出なかったのですが、家から出て行った奥さんに会いたくて、アハーンを車に乗せて会いに行きます。まわりの人を思いやる、ということがないのか、車に乗ってもやたらクラクションを鳴らします。大きな荷車が車の前を塞ぎます。クラクションを鳴らしても一向に動きません。その時アハーンが車から降りて荷車を押します。荷車はゆっくり動いていきます。車に戻ったアハーンが「問題解決」とぼそんと言います。オジーは返す言葉もありません。
オジーは自分の潔癖症を改善しようと精神科を受診し、医者と一緒に街に出かけ、様々な実践をします。下剤を飲まされ、今まで絶対に行かなかった公衆トイレに入ったりするのですが、その時のオジーの演技、表情がなんともおかしい。ゴミだらけの海岸を裸足で歩いたりもします。でも、そんなことで潔癖性は改善しません。
オジーが変わったのは、やはりアハーンと知り合ったことです。オジーの様々なこだわりが、アハーンとのおつきあいの中で、少しずつゆるんでいったのだと思います。人間が変わること、それは社会が変わることでもあります。アハーンと出会って、オジーが変わったということは、彼らのまわりの社会が、少しだけですが変わったということだと思います。
アハーンは何も言いません。でも、彼のまわりの社会は、彼がいることで少しずつですが、お互いが生きやすい方向へ変わっています。オジーも、少し楽になったのではないかと思います。奥さんとの仲も元に戻ったようでした。
アハーンが口にした大事な言葉。 「自分の人生を生きたい」 ふだん、黙っていても、そんな思いは誰にでもあります。そんな思いを丁寧に聞いていきたいと思うのです。
★新宿シネマカリテで上映中
9月16日のブログの最後に
『障がいのある人達に向かって「あなたがいないと困る」って言える関係』
がワークショップの中でできたことを書きました。
「あなたがいないと困る」と言えるくらい濃厚な人間関係、一緒に新しいものを創り出すようなクリエイティブな関係がそこにはあったということです。
一緒にワークショップをやることで、とんでもなく面白いものが生まれました。私たちだけでは絶対にできないものが、生まれました。彼らがいてこそ生まれたもの、それは新しい「文化」といっていいと思います。私たちの社会を豊かにする文化です。だからこそ、彼らとはいっしょに生きていった方がいいと私は思うのです。
第8期演劇ワークショップではレオ・レオニー作『フレデリック』を手がかりに芝居を作りました。
このときの記録映画が、ヨーロッパ映画祭の最終選考に残ったという連絡が入りました。これも、いっしょに生きることで生まれたものが評価されたからだと思います。12月4日にオーストリアのグラーツで授賞式があります。どうなるか、すごく楽しみです。
福祉の業界でいわれる「支援」という関係では、障がいのある人に向かって「あなたがいないと困る」なんて、多分言いません。なぜか。相手とそういう濃厚なおつきあいをしていないからです。淋しいというか、もったいないですね。一緒に生きると、こんなに素敵なものが生まれるのに…
世田谷の羽根木公園でおこなわれる雑居祭りの案内が今年も来ました。
「雑居祭り…ボランティアと福祉を考える私たちが作るお祭りです。」とあります。
1980年代初めの雑居祭りで演劇ワークショップにはじめて出会い、そのことで人生がグンと楽しくなった気がします。養護学校の子どもたちとやったら絶対おもしろいものができあがる、と確信めいたものがありました。養護学校でとてつもなくおもしろい子どもたちに出会ったのですが、学校の「指導する」という関係では、彼らのおもしろさを思うように活かせていない気がしていました。演劇ワークショップは、養護学校の子どもたちとなにか新しいものを生み出せるような気がしました。
当時養護学校の子どもたちと地域の人達で「あそぼう会」というのをやっていて、月一回公園であそんでいました。ただあそぶだけでも楽しかったのですが、そこに演劇ワークショップを持込み、芝居を作って発表したのです。
「指導する」とか「やってあげる」という上から目線の関係ではなく、どこまでも一緒に、言い換えれば彼らとフラットな関係で、いっしょに新しい新しいものを作りだすというクリエイティブな関係です。
最初、彼らのために何かやってあげる、という思いで集まってきた地域の人達が、何回かワークショップをやるうちに、彼らに何かやってあげる、というより、私たちの方が彼らに支えられているんじゃないか、ということに気づきます。これは障がいのある人達との関係をひっくり返してしまうほどの大きな気づきだったと思います。
彼らに何かやってあげるのではなく、いっしょに生きていった方が豊かなものが生まれる、ということにワークショップを通してみんな気づいたのです。この気づきは、社会を変えるほどの意味を持った気づきであったと思います。参加者それぞれが、ワークショップを通して大きく変わっていったと思います。
ワークショップに参加していた障がいのある人達は、「何かやってあげる」関係から、「あなたがいないと困る」関係に変わっていきました。彼らがワークショップの場の中心になり、ワークショップという場をしっかり支えてくれる存在になったのです。
ワークショップは障がいのある人達との関係を根本から変えてくれたのです。
都筑区で上映会、ワークショップ、話し合いをやってきました。
参加した人達の感想
・映画を障害者(ASD -自閉スペクトラム症 Autism Spectrum Disorderの略称)当事者として拝見して、感慨深い気持ちになりました。
演劇のシーンで「働け!」と、悪い心がいってくるシーンがありました。私も昔から「学校に行け」「働け」「きちんとしろ」そう言われてきました。
私は障害者という言葉が悪いとは思いません。障害者という言葉を「はずかしい」「迷惑な存在だ」と思う社会のシステムが、障害者という言葉を悪者にしています。
障害者差別をする人達はむしろ「真面目」な被害者です。だから私は差別する人達も「ケア」される必要があると考えています。
そして障害者という言葉が、日常に飛び交う社会を夢見ています。
・映画は利用者さんのよい表情が見られてよかったです。お母さんのリアルなセリフは感動しました(ダウン症の子どもを抱っこしたお母さんの言葉)。私どもの法人も就労支援A、Bほか、様々な施設を経営しているので、こういったアプローチに取り組んでみたい。
・ワークショップ、いろいろ戸惑いましたが、みなさまとお話しできてよかったです。
・一度お店に伺ってみようと思います。楽しく、どんな感じで働かれているのか拝見したいです。
ワークショップの中でやった詩の朗読はゾクゾクするほどの瞬間がありました。詩を声に出して読む、というのはそういうことなんだと思いました。ひとりで目で読むだけでは、こういう瞬間は生まれません。誰かに向かって声に出して読むことの意味をあらためて思いました。
第8期演劇ワークショップの記録映画『そういうわけで』が、ヨーロッパの映画祭からファイナリストとしてノミネートされた、というお知らせが映画監督の内田さんのところに届いたそうです。国際インディー映画&脚本祭です。
受賞結果は12月4日にオーストリアのグラーツで開催される授賞式で発表されるそうです。
『そういうわけで』予告編
映画祭ですから、映像としての評価ですが、映画からは障がいのある人たちのクリエイティブな活動が見えるわけで、いっしょに生きるとこんなにすばらしいものができあがる、というメッセージが伝わるといいなと思っています。
ヨーロッパで障がいのある人達がどのように見られているのか、ネットで見てもよくわかりません。ぷかぷかのように、彼らとはいっしょに生きていった方がいい、というメッセージは見たことがありません。
なので、この機会にオーストリアまで出かけ、そういうお話をしてこようかなと考えています。どういう反応があるか楽しみです。