ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

ぷかぷか日記は以下に移転しました。
ぷかぷか日記 – NPO法人ぷかぷか

コンビニを耕す

 午後のトークセッションで会場からおもしろい話が出てきました。

 グループホームの利用者さんが近くのコンビニを耕している、というのです。スタッフが知らないうちに、利用者さんが近くのコンビニに買い物に行き、何度も行っているうちにとてもいい関係ができたというのです。この

 「スタッフが知らないうちに」

というのがミソです。

 スタッフがついていないので、すんなり買い物はできなかったのではないかと思います。でも、すんなり買い物ができなかったからこそ、店員さんといい関係ができたのだと思います。

 セノーさんが郵便局のお姉さんたちといい関係を作ったときと同じだと思いました。セノーさんの時は私がそばについていましたが、全く口出しせず、セノーさんに任せました。郵便局のお姉さん達は

「この人、何しに来たんだろう」

という顔でセノーさんを見ていました。そばにいた私も何も言わないので、多少の不安はあったと思います。不安のボルテージがぐんぐん上がって、本当に困り切ったあたりで、セノーさんがようやく

 「あ〜、スタンプ台、貸して下さい」

といったので、ホッとしながら、

「この人、なんだかおもしろい!」

って、思ったと思います。

 みんな、だんだん笑顔で迎えてくれるようになりました。

 グループホームの利用者さんがコンビニに行ったときも多分同じようなことが起こったのではないかと思います。

 スタッフがついていけば、何の問題もなく買い物ができたと思います。でも、そこの店員さんとは何の関係もできずに終わってしまいます。

 利用者さん一人で行けば、多分スムーズに買い物はできません。このスムーズにできないところで、思ってもみない関係が生じます。何度も通っているうちに、コンビニを耕すような関係です。

 「うまくいかないことが次の面白いをつくっていくドライブ感」

について昨日日記を書きましたが、コンビニでも、

 「うまくいかなかったから、次の面白いができた」

のではないかと思います。

「コンビニを耕す」

という面白い、です。

 彼らを管理しないと、おもしろいことがたくさん生まれます。それを考えると、私たちが一番つまらないのかも。

 

  だから、私にまかせなさいよ

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最初に決めたようにうまくいかないことが次の面白いをつくっていくドライブ感

 昨日ぷかぷか上映会をやりました。

 第四期演劇ワークショップの記録を撮るために録音のセッティングをして下さったpvプロボノの藤木さん(作曲家・音楽プロデューサー・テクニカルエンジニア)がすばらしいコメントを書かれていました。

 

●●

最初に決めたようにうまくいかないことが次の面白いをつくっていくドライブ感みたいなのは家庭や仕事でよくあるし音楽やアートでは必須なことですが、最近世の中ではそういうのはあまりない事になってる気がします。ぷかぷかさんの舞台ではそれがビンビン生で伝わり実に面白い、というか爽快です、Rock’n Roll!

 

忘れちゃいけない大切なことだらけ。

●●

「最初に決めたようにうまくいかないことが次の面白いをつくっていくドライブ感」

という表現がすばらしいですね。これは舞台に限ったことではなく、ぷかぷかの日常そのものが、このドライブ感満載です。

 午後のトークセッションで、ぷかぷかのこの雰囲気が、どうしてほかの福祉事業所に広がっていかないのか、といったことが話題になりましたが、

 「この先どうなるかわからないけど、でも、なんだかおもしろいことが始まりそう」

っていう、ドライブ感を楽しむ感覚がほかのところではないのではないかと思います。

 ぷかぷかさんといっしょに仕事をやっていると、日々想定外のことが起こります。それをあたふたしながら、

「ま、いいか」

という感じで楽しめるかどうか、だと思います。

 もちろんお客さん相手の仕事なので、リスクもあります。昔カフェをやっていた頃、女性のお客さんに正直に「よく食べますねぇ」なんて正直にいい、クレームが来たことがあります。クレームまでは行かなくても、同じようにちょっと不愉快な思いをしたお客さんもいると思います。そこは一つ一つ謝るしかありません。

 今は、お客さんもおおむね笑って楽しめるような関係になっています。そういうお店だということがお客さんにもわかってきたというか、むしろそれを楽しみにしてくるお客さんが増えているようです。

 ぷかぷかさん達がやってくれる想定外の中にこそ、今の社会が忘れてしまった大切なことがあるような気がします。藤木さんの言う

「忘れちゃいけない大切なことだらけ」

というのはそういうことではないかと思います。

 

  トークセッションの時、会場から障がいのある人が働くお店で、一緒にレジの仕事をやろうとしたら、何かあったら困る、と注意された話も出てきました。

 「何かあったら困る」

という感覚。どこの事業所でも、みんな思っていることだと思います。

 「何かあったら困る」ということでやっていたら、確かに安全です。でも、安全なかわり、おもしろいこと、新しいことは何も起こりません。

 それでは人生、なんか淋しい気がします。

 

 昔、養護学校の教員になった頃、重い障がいのある子ども達と毎日おつきあいすることになりました。初めての経験で、毎日がとんでもなく想定外でした。「何かあったら困る」どころか、私たちが考える何か、つまりは思考の範囲、をはるかに超えることが次々に起こりました。

 想定外のことを次々にやらかす子ども達にどうつきあっていいかわからず、本当におろおろする毎日でした。でも、おろおろしながら、なんかすごく楽しくて、それまでふつうの会社勤めをやっていた私にとっては、こんな楽しい毎日があるなんて思ってもみませんでした。しかもその楽しい毎日を重い障がいを持った子ども達が作り出していること。なんかね、目のくらむようなこれは発見でした。

 彼らのこと、いっぺんに好きになりましたね。彼らとは一緒に生きていった方が絶対トク!と、そのとき思いました。それがすべての始まりでした。

 

 その延長に、今のぷかぷかがあります。彼らとおつきあいすることの楽しさをたくさんの人たちと共有したくて、街の中に彼らの働くお店を開きました。

 彼らの楽しさ、魅力は、彼らが自由であるときに発揮できます。私たちが管理してしまうと、楽しさも魅力も感じなくなります。

 障がいがあることは決して「マイナス」の価値ではなく、むしろ「プラス」の価値である、といったことも、彼らが自由に働くことから見えてきたことです。想定外のことが起こる日々から生まれてきた、新しい価値観だと思います。

 

「最初に決めたようにうまくいかないことが次の面白いをつくっていくドライブ感」

をぷかぷかは大事にしたいと思っています。

 

 突然始まったエビカニクスの舞台。こういう想定外のことこそが、人生を楽しくするのだと思います。

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明日ツジさんが歌うかも

 

 明日の上映会ではツジさんが何曲か歌うそうで、張り切っています。その中でひょっとしたら、今期の演劇ワークショップで歌う「ほらクマ学校の校歌」を歌うかも知れません。

 CDを聞いただけなので、まだ音程が不安定ですが、一生懸命歌っています。

 お客さんがいても平気で歌い、お客さんも平気で買い物をしています。この関係がいいなと思います。

 

♪ カメはのろまに 歩いて見せた ウサギだまされ昼寝した 

 早いはえらい 大きいはえらい 勝てばそれまで だまされたが悪い

 なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ 

 なんでもいいから 一番にな〜れ なんでもいいから 一番になれ

 

www.youtube.com

 

歌は午前中に歌います。聞きたい方は午前中に。

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時間を共有することで、ワークショップという場にぷかぷかさんがいることの豊かさが、リアルにわかる

 8月4日(土)ぷかぷか上映会で、午前中に上映する第一期演劇ワークショップの記録映画を作った宮沢あけみさんからメッセージが届きました。

 演劇ワークショップは月一回ぷかぷかさんと地域の人たちが集まって、6ヶ月かけて芝居を作ります。最後にできあがった芝居を舞台で発表するのですが、その全部をカメラを片手に記録。膨大な時間の記録を2時間11分にまとめてくれました。みんなで見るにはちょっと長いので、少し短くしてくれるようにお願いし、宮沢さんと二人で削れるところはないか、映像を全部チェックしました。

 結果的に削れるところはなかったのですが、全部見終わって思ったのは、宮沢さんの映画は、何をやったかを解説するものではなく、その時間をリアルに一緒に生きる映像なんだということです。だから削ってしまったのでは、その時間の共有というものができなくなってしまうのです。

 時間を共有することで、ワークショップという場にぷかぷかさんがいることの豊かさが、リアルにわかるのです。そういうことの大切さを宮沢さんの映像から教えてもらいました。

 

 

 

 

あ! トモ子ちゃんだ!

宮沢あけみ

 

 映画『ぷかぷか~第1期みんなでワークショップ』を作ってから、もう3年がたつ。

 2015年5月、みどりアートパークで最初の上映会をした後、横浜市内や出身の信州キャラバン(長野・松本・佐久)を経て、今回が10回目の上映会。記念すべき上映会に所用で参加できず、すみません!

 

 「映画監督になる!」と上京したのは20年以上前。現場に入ってカチンコを叩き、シナリオコンクールでは最終に残るも一等はとれず、撮ったドキュメンタリーは放送に至らず、出版してもイマイチ売れず……。

 そんな中、高崎さんと出会った。「何をやっている人?」と聞かれ、「映像」と答えると、ワークショップやるけれど、撮らない?と誘われた。即答でOKした。なぜなら…その直前、ある障がいのある子の通うフリースクールに2年ボランティアで足を運び、ドキュメンタリーを撮らせてもらうことを、学校側に承諾してもらい、カメラテストも行なった。けれども、保護者の猛反対であえなくボツになったばかりだった。

 その前にも、原作の主人公を障がいのある男の子に書き換えたシナリオは、出版社の意向でボツになった。

 障がいがある人が映像に出てくれる、ということは、それだけで貴重なのだと身に染みていた。高崎さんは、ワークショップメンバーの募集に、「映像を撮ります」とあらかじめ書いてくれて、これで、直前になってボツという心配もなくなった。

 撮影は、私ひとり。カメラに高性能のマイクをつけて撮る。普通なら、撮影、ディレクター、音声…何人かがゾロリといるところを、なるべくフレームものぞかず、相手にカメラを意識させないようにして撮る。だからこそ撮れるものがある、と信じていた。けれども、突発的な彼らの行動に、カメラ一台ではついていけず、ずっとしゃべり続けるお馴染みのメンバーもいるし、聞き取れないほど小さな声のメンバーもいて、音声はほとんど録れていないのではないかと思った。

 編集もパソコンでひとりでこなした。膨大な素材を見ているうちに、彼らの突発的な行動の中に、思わぬものが入っていることに気づいた。最初は全く気づかなかったのだが、舞台に堂々と台本を持ってきていたり…なんと言っているのかわからない独り言を何度も聞いているうちに「ここはチーム」をいうことばを発見したり…でも音声ははっきりとは録れていないので、格調高いドキュメンタリーでは絶対にしない吹き出しを入れてみたり…

 上映会の企画、チラシ作成、当日の作戦…上映中にパソコンの電源が落ちてしまったトラブルなど…思い返せば、よくやったよなぁ…と自分でも思う。

 

 なぜ、こんなにもできたのか?

改めて考えてみる…私は、なぜ、こんなにも障がいのある人が気になるのか?どうして、これほどまでに、撮りたい、書きたいと思うのか…

娘が620gで生まれ、療育センターに通っていた時間があったから、とそれまでは思っていたが、もっと前から、ずっと興味があった。いや、そんな言い方ではない。魅力にとりつかれていた、という方が正しい。

 私が書くシナリオには、多くの障がいのある子、グレーゾーンの子が何人も登場していた。どうしても書きたいと思っていた。

 そして、気づいた。「あ、トモ子ちゃんだ!」

 私が幼稚園から小学1年のとき、一緒に通園通学をしたトモ子ちゃんを、あるとき、突然思い出した。小学校1年で私が引っ越してしまい、今は音信不通なので、すっかり忘れてしまっていたが…トモ子ちゃんは、片目が白かった。走るのも遅かったと思う。けれども、私にとっては、一緒に通う友達で、「障がい児」では決してなかった。彼女が障がい児だと気づいたのは、彼女のことを40年ぶりに思い出した時だけだ。

 彼女が私と一緒にフツーに過ごしてくれたことで、多分、私は、「障がい者は垣根の向こうにいる」という感覚を持たずにいられて、そういう感覚がたまらなくイヤで、彼らの魅力をできるだけそばで見守りたい、伝えたい、という気持ちが湧いているのだと思う。

トモ子ちゃんに、心から感謝!

 

 そして、私は、『ぷかぷか』で映画監督になったあと、音楽療法士になった。ぷかぷかでも音楽療法実習をさせてもらい、彼らと過ごす時間は、温かくて、楽しみだった。楽器の即興演奏で、フツーなら、誰かの真似をして音を出すのだが、彼らは、堂々と自分の音を最初から出した。人まねなど、誰もしようとしなかった。そして、音を出すまでに時間がかかる人がいると、じっと待ってあげることもできた。互いに認め合っている関係があるからこそできることだ。集団としての力がどれほどあるのか、手に取るようにわかった。彼らこそ、自由だった。

 ぷかぷか以外での実習先では、自分では手足しか動かせない女の子…太鼓を渡すと力が入ってしまってうまく打てない子が、ある日、偶然、肱が当たって音が出た。もしやと思って、肱の下に太鼓を置いて、そっと私が歌を歌うと、ちゃんと歌に合わせて太鼓を正確に打ったのだ。その時、初めてわかった。彼女は、それまで表現できないだけで、音楽をちゃんとわかっていたのだ。こちらの工夫次第で、彼女はしっかり音楽をできるのだと。

 障がいのある人は、「できない」と誰が決めつけるのだろう…そうではなく、彼らを見るこちらの目が試されているのだ。

私は、力をつけたいと思った。彼らの内的な力を十分に感じようとすれば、たくさんのことを教えてくれて、彼らと「音楽の場」が自然とできていった。

私にとっては、音楽も映像も同じことで、彼らと一緒に過ごす時間が豊かなものになるのなら、どんな方法でもこれからも厭わずやっていこうと思っている。

 

 

高崎さん、私を映画監督にさせてくれて、ありがとうございます。

映画『ぷかぷか』が、大ヒットして、「障がい」ということばに取って代わるような世の中になればいい…。

そう思って、タイトルを高崎さんと考えあぐねて、結局、『ぷかぷか』にしたのでした。

★ダイジェスト版(21分)

   https://www.youtube.com/watch?v=xYB810A84eQ

   聴覚障害者用テロップ入り

   https://www.youtube.com/watch?v=Cd_bbs8OaX0

 

高崎さんに何度も、「上映には長い!」と言われましたが、全く短くするつもりもありませんでした。だって!それが、彼らの時間なのです。ただ早い、効率、そういうことだけを追いかけている日常からそっと途中下車して、少しだけゆったりとした時間の流れの中に身をおいてもらえなければ、彼らのほんとうの姿は見えてこない…。上映のために短くして、彼らがじっと考え込んでしまう姿をカットしたら、全く面白くなくなってしまう…と、私は譲ろうとしませんでした。

もしかすると、そのために、大ヒットからはほど遠かったのかもしれません。いつも強情ですみませんでした。

 

最初の頃、上映会に手話をつけようと試みました。手話通訳から、「ぷかぷか」の手話はどうやって?という質問が出て、初めて、手話にもいろいろなやり方があることを知りました。デフパペにお願いして、手話で「ぷかぷか」を作ってもらいました。YouTubeも作って、たくさんの方に手話でぷかぷか、をやってもらいましたが、これも大ヒットには至りませんでした。けれども、今は亡きマッキーの映像を残せたことは、私にとってはとても意味の大きなことでした。

 

★手話でぷかぷか(11分)

   https://www.youtube.com/watch?v=OL-_tMcdZxY

   聴覚障害者用テロップ入り

   https://www.youtube.com/watch?v=hCy9d8r_iDA&feature=youtu.be

 

 

それでも、私は、ぷかぷかがもっと大きく広がって、街になったらいい…と心底、本気で思っています。

学校や幼稚園、病院、美容室、食べ物や、さまざまなお店…そこに、フツーにぷかぷかさんがいる。

それだけで、私は、安心です。

私にとっての「トモ子ちゃん」が、今の私の根っこを作ってくれたように、彼らが、みんなを幸せにしてくれると、確信しているからです。

 

上映会…これからも続きますように。

彼らの魅力が、どこまでも伝わっていきますように。

 

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ぷかぷかさんの風に吹かれていると、性懲りも無く むくむくと制作者としてのプライドに火がついてしまった。

第四期演劇ワークショップの記録映画をまとめたpvプロボノの信田さんからメッセージが届きました。明日の午後2時から上映します。

 

 

 

ぷかぷかをめぐる映像は今までも何度も作られていて、

我々のチームだけも今回の「表現の市場」が3作品目、

さらに4作品目のカナダの映画も制作中だ。

 

同じ被写体で何度も作品を作ることは、

新鮮な発見がしにくくなるのに伴い、段々とハードルが上がり、

制作者としては引き出しの多さを試されることになる。

 

1作品目はぷぷかぷかさん自身を、

2作品目はぷかぷかに関わる方々を描いた。

今回の映像は本番の直前に「記録」として依頼されたものなので

特にテーマはなくても良いか、と思っていたが

ぷかぷかさんの風に吹かれていると、性懲りも無く

むくむくと制作者としてのプライドに火がついてしまった。

 

まず音。

ぷかぷかさんの舞台は毎回、音楽や効果音がすばらしい。

今までなかなか音までは手が回らないできたが

今回は音がきちんと伝わるように収録したかった。

 

そして表情。

一般の人には障がい者の方々の表情から

感情を読み取りにくいのが距離感を生んでいる気がしている。

ちょっとしたコツをつかめはその壁は超えられるが

なかなかそういう機会はない。

今回の舞台ではカメラを6台使って

ぷかぷかさんの表情や感情を描くことを試みた。

映像をご覧になった方々が、ぷかぷかさんを身近に感じて

障がい者の方々と付き合うコツのようなものが伝われば

嬉しいと思っている。

 

しかし、ここまでやってしまうと

次のカナダの作品では何を描けばよいのでろうか。

悩ましい。

 

映像ディレクター 信田眞宏

 

 

★第四期演劇ワークショップの記録映画は最終的に53分になりました。

 

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ツカサくんがいることで、彼のまわりの社会が少しずつ変わってきています

 親子で明日の上映会に来たいという方からメッセージをいただきました。

 息子さんのツカサくんは、ふつうの人よりもやや遅れがあるのですが、そのことでいわゆる「障害者」として分けられてしまうことに、とても疑問を感じています。

 学校の文化祭の発表で「支援級」としてステージに上がるように先生に言われたそうですが「僕は出たくありません」ときっぱりと断ったそうです。そこはすごいなと思いました。

 そうやって「障害者」という枠組みに入れ、人を分けてしまうことへの明確な抗議。教師はどんな風に受け止めたのでしょうね。

 部活についても最初は「個別級の生徒が体育会系の部活動に参加するのは前例がない」と信じ難い対応をしたようですが、お母さんとツカサくんの粘り強い交渉で部活に参加できたそうです。

 ツカサくんがいることで、彼のまわりの社会が少しずつ変わってきています。そんな話も上映会のトークセッションで聞けたら、と思っています。

 

 

【ツカサくんのメッセージ】

 

「ぷかぷかの上映会に行きたい!」と、すぐ返事をした僕。今、高校1年生。

詳しいことが聞きたくて、ぷかぷかで働くお母さんと夜遅くまで話をしました。

僕はこれまで「障害」について考えてきました。考え始めたのは中学3年生の時で、「自分が通っている特別支援学級ってなんだろう?」…そんな気持ちになった時からです。

これまで、文化祭の時に自分の意志で「特別支援学級」の発表に出なかったり、障害のある人を支援するあるテレビ番組を不信に思ったりするようになりました。

でも、障害のある人の事を少しでも勉強になったら良いと思ったので、上映会に参加したいと思います。

 

                                  

 

【お母さんのメッセージ】

私はぷかぷかでスタッフとして働いています。

そして、中学1年生と高校1年生の息子達の母です。

今回、高1の長男と、ぷかぷか上映会に行きます。

私と長男の思いなどをお伝えしたいと思いますので、つたない文で読みにくい点もあろうかと思いますが、少しでも思いが伝われば嬉しく思います。

 

ある日、長男が「ぷかぷかの上映会に行きたい」と私に言ってきました。

つい先日、予定していた家族旅行にも「行かない!」と言いだし、結局、長男と私は家に残り、次男とお父さんだけ行ってもらうようなことがあったばかりでした。

しかし長男は、上映会には行きたいと言うのです。

長男は、

「障害のある人のことを詳しく勉強したいと思った。」

「世の中には、いろいろな人がいるんだなぁ。」

「いろんな障害のある人はどういう支援を求めているのかなぁ。」

…などと最初は言っていました。

 

そこからもっと深く話を聞いていくと、

「ぷかぷかに最初に行った時に、納得の行かないことがあった。なんだこの人⁉…という人もいる。その人の思っていることが知りたい。」

とのことです。

その出来事は、ぷかぷかカフェ(現在は「ぷかぷかさんのおひるごはん」に変わりました)に親子で行った時のことですが、当時は私はスタッフではなくお客さんでした。

そこへ、ぷかぷかで働く障害のある男性が、私たち親子に声を掛けて来ました。

そして長男に唐突に

「ねぇ、障害ある?」

と言ってきました。長男は「なんでそんな事を言うのかな?」と思ったそうです。

 

長男は、保育園から中学校まで、「一般の子と違う」ということで分けられてきました。

中学校では部活動にもすんなり入部させてもらえませんでした。ある先生から、「個別級の生徒が体育会系の部活動に参加するのは前例がない」と言われ、「部活動に入るよりも、特別支援高等学校や分教室に入学するための訓練をすることの方が効率がいい」とも言われました。それでも学校に思いを伝え続け、3年生の最後まで部活を続けることが出来ました。

部活動でがんばっている長男の姿は、次第に先生方の考え方を変え、ようやく応援してもらえるようになりました。

 

中3の文化祭の発表では、全校生徒の前に「支援級」としてステージに上がることを先生から聞かされましたが、長男は「僕は出たくありません。」とステージには上がりませんでした。障害という言葉に、長男はとても敏感で、「人を分ける言葉に感じる」と言っています。

 

ぷかぷかでの最初の出来事を長男は「正直、嫌だった」と言ってましたが、

「でも、なかには優しい人もたくさんいて、僕のことを心配してくれた人がいる」

「以前、“なんだこの人は⁉”と思った人が、笑顔で挨拶をしてくれた」

「最初に言われたことだけで、その人の事を決めてしまうのはどうかと思う」

という意見を持ったようです。

 

「障害という言葉や、障害のある人のことを少しでも分かりたいと思った。」…だから僕は映画を見たい…

そんな思いを持ちながら、ぷかぷか上映会に親子で行きます。

                             (アヤコ)

 

 

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ぷかぷかさんのいる町

 8月4日(土)のぷかぷか上映会では、午後に上智大学新聞学科で映像を専攻している石井さんの作品「ぷかぷかさんのいる町」を上映します。

 

  石井さんのブログ

 2016年の夏、相模原で起きた障害者施設殺傷事件。19人の方が亡くなった悲惨な事件。「障害者は不幸を生むことしかできない」という犯人の供述に、驚きと哀しさの気持ちでいっぱいになった。

  それは違うと自分の中で言い切るために、障害者の人たちと関わってみたいという気持ちが沸き起こった。そんな時に見つけた、朝日新聞の記事。「障害者はいた方がいい 一緒に生きるパン屋の日常」。

 これは行ってみたいと思った…

 

  そんな思いで石井さんはぷかぷかにやってきました。取材すること2ヶ月。10分ほどの作品にまとめました。

 取材しながら、ぷかぷかさん達のと素敵な出会いがたくさんあったようです。それがよく見える映画です。セノーさんの仕事を通して地域とのつながり、そのことの意味も明確に語っています。セノーさんのことを楽しそうに語る近くの郵便局の局長さんの映像からはぷかぷかが地域でやってることが見えます。

 自分にとって、あるいは地域社会にとって、ぷかぷかさんいるってどういうことなのか、を映画の後半であたたかく語ります。それはぷかぷかさんの日常を撮る中で見えてきたことです。「ぷかぷかさんのいる町」というタイトルには、そんな思いが込められているように思いました。あたたかさを感じるタイトルです。

 そして何よりも、このタイトルを持ってくることで「障害者は不幸を生むことしかできない」という犯人の供述に、それは違うといいきったような作品になったと思います。わずか10分の映像で、それを語った石井さんに拍手!です。

  

 あらためて思います。犯人が石井さんのような出会い(障がいのある人たちとの)をしていれば、事件は起こらなかった。だから、犯人がやまゆり園にいたことの意味は、ものすごく大きいと思います。

 石井さんがもし津久井やまゆり園に取材に行ってたら、障がいのある人たちとこんな出会いはなかっただろうし、こんな作品もできなかったと思います。

 図らずも、事件の核心部分が見えてくるような作品になった気がします。

 

 事件から2年。「決して忘れない」とあちこちで聞かれた言葉も、どこへ行ってしまったんだろう、と思ってしまう今。若い学生さんがこんなすてきな映画を作ってくれたことは、大きな希望だと思います。

 

 ぜひ見に来て下さい。若い学生さんの熱い思いにふれて下さい。

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