ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

子ども達に見てもらって、「アーダコーダの子ども哲学」をやりたいと思っています。

  子ども向けプロモーションビデオができあがりました。制作はpvプロノボの人たちです。

 子ども達に見てもらって、「アーダコーダの子ども哲学」をやりたいと思っています。

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 前半のワークショップで扱っているテーマは子ども達にはちょっとむつかしいかなと思ったりもしますが、子ども達は私たちが思っている以上に「生きる」ということに敏感です。きっと子どもなりに一生懸命受け止めてくれる気がしています。

 この前半部分があって、後半を見ると、受け止めるものの幅がグンと広がる気がしています。

 あちこちの小学校で上映し、「アーダコーダの子ども哲学」をやってみたいと思っています。今までにない人権教室ができると思っています。子ども達自身が「障がいのある人」について考える、とてもいい機会になります。

 先日近所の小学校で2回ほどやりましたが、いい感じで子ども達は受け止めてくれました。何よりも「しょうがいって なんだろう」という問いを、私が一方的に教えたりするのではなく、子ども自身が一生懸命考えたことがよかったと思っています。

 2年生の子どもから「障がいがあるからって、悪い人ではない」という意見が出たのはすごくよかったと思います。グループホーム反対運動中では障害者が来ると犯罪が起こると不安に思っている方が多い中で、この子どもの意見は光っています。こんな子ども達にこそ未来を託したいと思っています。

 子ども達にビデオを見せたいと思っている方、おつきあいのある小学校を紹介して下さる方、ぜひ連絡下さい。045−453−8511ぷかぷか事務所高崎 メールはpukapuka@ked.biglobe.ne.jp高崎宛

 

 

彼らはこの社会に必要な存在

 昨日の上映会のあとのトークセッション、1時間しかない、と聞いていたので、1時間ではぷかぷかのこと語りきれないなぁ、と思っていたら、やっぱりその通りで、中途半端で終わってしまいました。講演会、トークセッションはいつもそういう感じで終わってしまうので、やっぱり伝えたいことは本にまとめておこうと思いました。

 本の原稿はあるのですが、出版社との話し合いがうまくいかず、250枚ほどの原稿が宙に浮いた状態です。ただ、原稿を書いたのがもう2年以上も前なので、その後のぷかぷかの活動を語るには、少し物足りない感じです。特に相模原障害者殺傷事件という大変な事件が起こり、それにどう向き合うかは、今最優先の課題といっていいと思います。あの事件は、障がいのある人たちを社会がどう見ているかが如実に表れたように思っています。事件は極端な形で起こりましたが、何が問題だったのかを丁寧に追いかけていくと、社会全体の問題が見えてきます。その社会の問題に福祉事業所はどう向き合うのか、ということです。そのことを事件前に書いた原稿では全く語っていません。

 語りたいことはたくさんあるのですが、それをどうわかりやすく系統立てるか。そういう意味では、相模原障害者殺傷事件で見えてきた問題を軸にぷかぷかが伝えたいことをまとめていくのも一つの方法かなと思います。

 相模原障害者殺傷事件の犯人は「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」「生きている価値がない」などといいました。これは犯人に限らず、障がいのある人たちとおつきあいしたことのない人は、多かれ少なかれみんな思っていることだと思います。

 最近は減りましたが、朝、混雑している十日市場のバス停あたりから苦情の電話が「ぷかぷか」によく入りました。「また横入りした」「うるさい」「バスの中で迷惑している」等々です。みんな「障害者はいない方がいい」と思っている感じです。

 でも、みんながそう思って、障がいのある人たちを社会から排除したらどうなるのでしょう。そこを想像してみて下さい。

 いつも言うことですが、いろんな人がいること、それが社会の豊かさだと思っています。その豊かさをぷかぷかは目に見える形で、肌で感じる形で示してきたと思います。

 ツジさんはおしゃべりです。「仕事中、そんなにおしゃべりしてていいの?」と訓練会の先生に叱られたこともあります。でも、ツジさんのおしゃべりはたくさんのファンを作り出し、ぷかぷかの売り上げに貢献しています。

 ツジさんに限らず、ぷかぷかさんは仕事中、みんなおしゃべりしています。ぷかぷかの楽しい雰囲気を作るいちばんの源です。パンの外販先でもおしゃべりしています。でも、そこで生まれる楽しそうな雰囲気がお客さんをたくさん集めています。

 ほかの事業所から変わってきた人の話によると、以前いた事業所ではおしゃべりはもちろんよそ見も禁止され、それを守らないとペナルティがついたといいます。おしゃべりやよそ見を監視する社会、がそこにはあったのだと思います。なんだか息が詰まりそうです。そんな社会で人は生きられません。

 私が私らしく生きること、それが一番大事だと思っています。障害者は社会にあわせなければ生きていけない、なんていわれますが、そのあわせる社会は私たちが本当に私らしく生きているのでしょうか?

 ぷかぷかは接客マニュアルに合わせるぷかぷかさんの姿が気色悪くて、マニュアルにあわせる、言い換えれば社会にあわせることをやめました。彼らのそのままの姿で勝負することにしたのです。

 結果、ぷかぷかが好き!という人がたくさん現れました。このことは何を物語っているのでしょう。

 結局、どこかでみんな今の社会に息苦しさを感じているのではないでしょうか。そんな中でぷかぷかさんたちのふるまいにホッとするものを見つけたのだと思います。

 だとすれば、ぷかぷかさんたちは、この窮屈な社会を救ってくれる存在になります。

 「障害者はいなくなればいい」ではなく、彼らはこの社会に必要な存在なのです。そのことをぷかぷかはわかりやすい形で提案してきたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

なんと240人ものお客さんが来ました

 港北公会堂でぷかぷかの映画の上映会。なんと240人ものお客さんが来ました。ぷかぷかにこんなにたくさんの人たちが関心を持ってくれていること、うれしかったですね。障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ、というメッセージがこれだけの人を集めたのだと思います。相模原障害者殺傷事件を起こすような社会にあって、これだけの人が集まったことは大きな希望だと思います。希望を持ってみんなで前に進みたいですね。

 上映実行委員会のみなさま、お疲れさまでした!

 

 相模原障害者殺傷事件は大きすぎて、何をやっていいのか、何を話し合っていいのかよくわからない、という話が出ました。優生思想云々の話をしても、話が大きすぎて、何か手応えがないのが実感です。もっと身近なことで、手応えのあることを積み上げていくことが大事な気がします。身近にいる障がいのある人たちといい一日を作る。(支援ではありません。支援とは本質的に異なる関係です。)一緒にいい一日を作り、お互い「いい一日だったね」って一日の終わりにいう。これはその気になれば誰にでもできることです。そういう日々を障がいのある人たちと一緒に積み重ねていくことが、相模原障害者殺傷事件を少しずつ超えていくことだと思います。

 支援をいくらやっても相模原障害者殺傷事件は超えられません。何よりも事件は支援の現場で起こりました。そこでは相手を殺してもなんとも思わないような関係だったのだと思います。だから殺してしまったあとも、なんの反省もありません。

 支援の現場で、どうしてそういう関係になってしまったのか。そのことをもっともっとみんなで考える必要があると思っています。犯人の特異性だけでかたづけていい問題とは思えません。

 支援という上から目線が生み出す関係性は虐待もあちこちで生んでいます。テレビで何度か目にしましたが、虐待に対し、抵抗できない障がいのある人たちの姿は見るに耐えない辛い映像でした。上から目線の関係は、ああいうものを生み出す危険性を本質的に持っているのではないかと思いました。

 相模原障害者殺傷事件の犯人が、もしぷかぷかのようなところで、障がいのある人たちと一日の終わりに「いい一日だったね」ってお互いいえるような関係を経験していれば、あのような事件は絶対に起きなかったと思います。

 たとえばこんなことをいっしょにやる関係です。

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 会場から作業所の職員が楽しそうに働いてないのだが、どうしたらいいですか、という質問が出ました。映画の中でぷかぷかのスタッフたちが楽しそうに働いている姿を見たからだと思いますが、何か研修とかするのではなく、やはり障がいのある人たちといい出会いをする、人として出会うことだと思います。

 すでに何度も書いていることですが、ぷかぷかは私自身が養護学校の教員時代、障がいのある子ども達に惚れ込んでしまった、彼らと人として出会ったことからはじまっています。障がい児として出会ったのではなく、人として出会った、ということです。いろいろできないことはいっぱいあっても、人としての魅力が劣るわけではないことを、彼らとの出会いは教えてくれました。「障害者」という言葉に抵抗を感じるのも、障がいがあることで相手を丸ごと否定してしまうような言葉だからです。障がいがあっても、人としての魅力はちゃんとみんなもっていて、だから惚れ込んでしまったのです。そしてこの人たちとはずっといっしょに生きていきたいと思ってぷかぷかを作りました。

 私は彼らと一緒に働いていて、毎日楽しくて仕方がないです。その雰囲気がまわりのスタッフにも影響して、スタッフもぷかぷかさんも、みんな楽しそうに働いています。こんなに毎日笑ってばかりいて、楽しい思いをして、給料もらうのが悪いくらい、とまでいうスタッフもいます。それくらい笑いの絶えない楽しい職場です。

 作業所で障がいのある人たちと一緒にいて、楽しくないなんて、なんかもったいない気がします。

 

 映画見た方、ぜひ感想をぷかぷかに送ってください。

 pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎宛

 

 機会があればぜひあなたの街で上映会やって下さい。上映についてのお問い合わせは

 045−453−8511 ぷかぷか事務所高崎  pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎宛

彼らとのフェアな関係は、ここからはじまったように思います

 演劇ワークショップの場は人間を自由にします。竹内演劇研究所や黒色テントのワークショップを経験する中で、そのことが見えてきました。日常よりもはるかに自由になれる場です。

 ちょうど養護学校に勤めて2年目くらいで、だんだん子ども達の面白さがわかってきた頃でした。この人たちとワークショップやれば、もっとおもしろい出会いがあるのではないか、と思ったのです。ふだんのおつきあいでもおもしろいのに、ワークショップの場でお互いがもっと自由になれば、ふだんよりももっとおもしろい、ふだんとちがう何かとんでもないものが見つかるのではないか、と思ったのです。

 黒テントを説得するのに1年近くかかりましたが、障がいのある子ども達といっしょにやるワークショップは、予想をはるかに超えた面白いものでした。その面白さは、先日も書きましたが、彼らを支援するようなつもりで集まった地域の人たちの意識をひっくり返すくらいのチカラを持っていました。彼らのために来たつもりが、彼らがいるから自分たちが来る、つまり、彼らに自分たちが支えられていた、ことに気がついたのです。

 これは彼らとの関係の逆転といっていいくらいの大発見だったと思います。「支えている」つもりが、実は「支えられていた」という発見。

 彼らとのフェアな関係は、ここからはじまったように思います。最初から彼らとはフェアな関係で行こう、といったのではなく、どちらかといえば上から目線だった関係を彼らがひっくり返したのです。

 

 明日港北公会堂で上映する第3期演劇ワークショップ記録映画は、そういった関係がよく見えます。そしてそういった関係から何が生まれるのかも。

 明日上映する映画の予告編です。 

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明日港北公会堂でぷかぷかの映画の上映会です

  明日港北公会堂でぷかぷかの映画の上映会です。プロモーションビデオカナダ版と第3期演劇ワークショップ記録映画の2本をします。

 プロモーションビデオカナダ版のタイトルはSecret of Pukapuka。「ぷかぷかのヒミツ」です。なんのヒミツか、それはぷかぷかにこんなにもたくさんファンができたヒミツです。なんとなくいやだな、とか、近寄りたくない、と思われている障がいのある人たちに、どうしてファンがついたのか、そのヒミツに迫る映画です。

 障がいのある人たちと共に生きよう、とか、共生社会を目指そう、といったことは一度も言ったことがありません。いっしょに生きていった方がいいよ、その方がトクだよ、つきあわないとソンだよ、みたいなこと言い続けているうちにファンが増えていたのですが、言葉を言うだけでファンができるわけではありません。やはりそこにはヒミツがあるのです。映画はそのヒミツに迫ります。

 今回ゲストにお迎えしている花岡千恵さんには重度の障がいを持ったお子さんがいます。hanaちゃんていいます。明日いっしょに来ます。花岡さんは、そのhanaちゃんのファンをいっぱい作っています。どうやって重度障害児のファンを作ったのか、そのヒミツを明日語ります。これは絶対聞かなきゃソン!です。

 

 第3期演劇ワークショップ記録映画は障がいのある人たちと一緒に生きることの意味が、そしていっしょに生きると何がそこから生まれるのかがはっきりと見える映画です。障がいのある人たちを排除する文化は社会を貧しくします。ワークショップで生み出す文化は彼らを排除しない文化であり、社会を豊かにする文化です。それがくっきりと見える映画です。

 

 映画のあとのトークセッションは映画を見終わったあとの熱い興奮の中ではじまります。どんな話が飛び出すか楽しみにしていて下さい。 

 ★『pukapukaな時間』も販売します。

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みんなで初詣に行ってきました。

  近く神社に初詣に行きました。今年もがんばるぞ!って気合いを入れて出発

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 30分くらいで神社到着

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 手を洗います。

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何をお願いしているのでしょう。

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帰り道

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ぷかぷかに帰ると五平餅とおぜんざい

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今年も楽しいことがいっぱい起こりそうです。

いわゆる社会で言う「障害者」はいません

 横浜市の調査季報181号「共生社会を考える〜障害者差別解消の取り組みから」は、横浜市の頑張りがよく見える内容でした。ぜひ読んでみてください。

 http://www.city.yokohama.lg.jp/seisaku/seisaku/chousa/kihou/181/

 冒頭に掲げられた、障害者差別解消検討部会の委員をやっている全盲の方の言葉がいいですね。

《 私の不便さは今の社会が「見て知る社会」になっ ているからで、何気ない援助や科学技術の進歩、制度の改善で「聞 いたり触れたりして知る社会」になれば、私の不便さは軽くなり、 障害者でなくなるかもしれません。》

 

 色覚異常という色の区別がむつかしいの方のために、交通信号を色ではなく、○、△、□で表現したらどうかという提案が昔ありました。そうすれば色覚異常という障がいはそこではなくなるというわけです。障がいであるかどうかは、そんなふうに社会との関係性の問題であると。目からうろこの提案でした。

 冒頭に紹介した全盲の方の言葉も同じことを言っています。

 「ぷかぷか」で「障害者」がいることをあまり感じないのは、彼らに何かやってあげようとか、何か支援しようとか、考えてなくて、ただいっしょに生きていこうとしているからじゃないか、ってふと思いました。「ぷかぷか」をぷかぷからしくしているいちばんの貢献者の人たちです。

 パン教室にしても、演劇ワークショップにしても、そこには「障害者」はいません。いるのは、一緒にパンを作る仲間であり、一緒に芝居を作る仲間です。

 30年ほど前、演劇ワークショップを始めたときは、障がいのある人たちのために何かやってあげよう、と地域の人たちが集まりました。企画した私自身も当時はそんな思いがありました。でも何回かやっていく中で、彼らのために何かやってあげようと集まっているのではなく、魅力ある彼らに会いたいから私たちが集まっている、ということに地域の人たち自身が気がついたことがありました。ワークショップの場は彼らの魅力が支えていることにみんなが気がついたのです。

 これは企画した私やワークショップの進行役がそんなふうに導いたのではなく、ワークショップの場自体が、作り上げた関係性です。ワークショップの場は、そういう新しい関係性を作り上げるチカラを持っているのだと思います。

 ですから演劇ワークショップの場には、いわゆる社会で言う「障害者」はいません。いるのは、私たち以上に発想が豊かな、自由極まりない人たちです。彼らがいることで演劇ワークショップの場で作り上げる芝居が、すばらしく豊かなものになります。

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