ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

ぷかぷか日記は以下に移転しました。
ぷかぷか日記 – NPO法人ぷかぷか

みんなの発表を聞いて、心からやさしい気持ちになりました。

 創英大学で、3回の授業(①映画『Secret of Pukapuka』の上映とぷかぷかの話、②ぷかぷかさんと一緒に双六ワークショップ,③ぷかぷかさんと一緒に演劇ワークショップ)と2日間の体験実習のふり返りで、詩を作るワークショップをやりました。ただ感想を言うのではなく、自分の感じたことを4行ないし5行の短い詩にまとめます。その言葉を1行ずつばらし、グループの中で編集し直し、グループとしての詩にまとめます。それをほかのグループの人たちに向かって朗読します。

 詩を作るワークショップの目的は、体験をみんなで共有すること、誰かに向かって朗読することで、詩の言葉を生き生きと立ち上がらせること、言葉が立ち上がることで体験が更に深まることです。

 

ぷかぷかさんと出会うことで自分の中でどんな変化があったか、それを元に詩を書きます。

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グループの中で個人詩の発表。ほかの人がどんな体験をしたのかを聞きます。

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詩を1行ずつばらし、グループの中でシャッフル。はじめの方に来る言葉、あとの方に来る言葉、とみんなの言葉を見ながら編集し直します。人の思いにふれます。

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 グループとしてまとめた詩を朗読します。エリックサティのピアノ曲をかけながら朗読しました。音楽が入ると、一気に雰囲気が盛り上がります。誰かに向かって読むことで、詩の言葉がムクムクと立ち上がってきます。言葉が力を持ちます。さらっと書いた言葉がグループの詩として朗読するとき、思ってもみない力を持ちます。読む方も聞く方もちょっとびっくり。f:id:pukapuka-pan:20200108235837j:plain

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学生さん達の感想

●詩を作るのが初めての体験で楽しかったです。感想を紙に書くだけでなく、声に出すことで自分が感じていたことを再認識できたし、言葉に感情が乗った感じがしました。本当に舞台でもできそうなくらいのクオリティだなと思いました。

●今日の授業で自分が思っていたこと以外に他の人がどんな気持ちだったのかを知ることができてよかったなと感じた。また声を出すことにより、更に心に言葉の一つ一つが刺さってくるなと思ったのと、音楽があるだけで一気に雰囲気が変わり、集中して発表が聞けたなと感じた。自分の気持ちを出してそれを詩にするなんてほぼ経験がないから,とてもよい経験だった。

●みんなの発表を聞いて、心からやさしい気持ちになりました。読み方の工夫など、それぞれあって、楽しい体験になりました。

●ただ言葉で感想を言うよりも、詩という文字にすることで、より、自分の中に思いが広がったような気がしました。他人の言葉でも、たくさん見て、口に出すことで、自分の気持ちになっていきました。

●今日までの授業を通して自分が感じてきたこと、みなが感じてきたこと、そして変化をひとつの詩として読むことで一つ一つ振り返ることができました。一人ひとりちがう詩を作ったはずなのに、つなげてみると、同じ気持ちでいたんだなということが伝わってきました。以前よりも自分の中の考え方や、障がいという言葉に対する姿勢がかわっていったように思います。貴重な時間を過ごすことができました。ここで感じた気持ちの変化を忘れずにこれからも障がいをもった方と共に生きていきたいと思います。
●今日の授業は詩を書いたり、朗読をしたり、今までやったことがないことばかりで、最初はできるかどうか不安でしたが、素直な気持ちを詩であらわすことができたと思います。グループの詩を合わせるとなったとき、絶対にまとまらないし、無理だと思っていましたが、やってみると、6〜7人の短い詩が、バラバラにしてくっつけるとひとつの大きな詩になって驚きました。そして音楽に合わせて朗読をすると、ふつうにただ読むよりも気持ちや内容が伝わるなと感心しました。この授業を通して私の中の価値観がとても変わりました。今までは障害者の方とかかわる機会はあまりないから何も感じずに日々を過ごして来ましたが、ぷかぷかさんとかかわっていくうちに,障害者の方への偏見なども少しずつなくなり、まわりの人と同じで身近な存在なのだと気がつきました。今までの自分の偏った価値観が180度変わり、高崎さんがおっしゃっていた「かかわった方がトク」という言葉の意味を理解できた気がします。

●いろんな人の言葉を繋ぎ、ひとつの詩にするということで、はじめは詩になる気がしなかったが、つなげてみると詩になり、全員の気持ちがひとつになった気がした。またやりたいと思った。

●詩でぷかぷかのエピソード、体験をまとめ、あらためてあの時の思い出を頭の中で振り返ることができました。一人ひとりの個性豊かな発想や行動に、わたしも刺激を受けました。駅で話しかけられたときの話はうれしかったです。

●ぷかぷかさんとかかわったふり返りを今日やって、自分以外の人の感想も聞けたし、全体を振り返って本当にいい経験になりました。障害者に方に対する印象が本当に変わったし、長いなと思っていた実習も短くて,もう少し行きたかったと思いました。ぷかぷかさんから話しかけていただけたのがうれしかったので、これから駅やバス停で会ったら、わたしからも話しかけてみたいと思いました。

●誰かに発信しなければ自分だけの体験や感想だけど、誰かと感想を伝え合うだけで、相手の体験も少しではあるけれど知って自分の感覚にすることができてよかったと思います。

●授業を受ける前と後で障害者についてのイメージが変わったし、どのように接してよいのかも学んだ。その人を知ろうという気持ちが芽生えた。話しかけてくれることで、自分の中での不安がなくなった。

●音楽に合わせて詩を読むというのはとてもよいと感じた。言葉がとても大切であると思った。言葉を考えて発すことも大切だし、言葉を考えて文字に起こすのも大切だと感じた。

 

 

★ぷかぷかさんとの出会い(授業と実習)のふり返りを詩のワークショップの形でおこなったのですが、みなさん、とてもいい感じで受け止めてくれたようです。ぷかぷかさんと出会うことで人はこんな風に変わっていくのだとあらためて思いました。人生の幅が少し広がったと思います。それをこれからの人生に生かして欲しいと思います。




 

 

甲でも乙でもなく美帆

 今朝の天声人語に美帆ちゃんのことが載っていました。

「甲でも乙でもなく美帆」

きっぱりとした、なんて力強い言葉なんだろうと思いました。

 

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 名前は、その人の人生そのものです。「美帆」という名前を聞くことで、私たちは美帆ちゃんの人生を思い浮かべることができます。甲や乙では美帆ちゃんの人生を思い浮かべることはできません。

 美帆ちゃんの人生を思い浮かべることなく裁判をすすめることはおかしい、とギリギリのところで出た、必死の異議申し立てだったと思います。それは裁判だけでなく、事件後、犠牲になった人たちを匿名に追い込んだ私たちの社会にも向けられたものだったと思います。

 犠牲になった人たちの人生を思い浮かべられないことに何の疑問も持たなかった私たち。こんなことはおかしいと声を大にして叫ぶことを私たちはしませんでした。

 昔、石原慎太郎が都知事をやっているころ、重度障害の人たちの施設を訪れ、

「こんな人たちに人生はあるのか」

と、ひどい発言をしたことがありました。なんてひどいことを言う人なんだと思いましたが、私たち自身、重度障害の人たちの人生をどこまで思い浮かべることができるのでしょう。その結果が今回の匿名問題だと思います。

 要はそういう人たちとのふだんのおつきあいがないこと。それがいちばんの問題だと思います。

 

 2月22日(土)の午後、青葉公会堂で「道草」を上映します。地域で自立生活をしている重度障害の人たちの生活が淡々と描かれています。それぞれの人生が、ほんの少しですが見えます。

 晩ご飯の時、卵をもう一個入れる入れないでもめたり、散歩中「たぁーって大声出さないでよ。まわりの人がびっくりするから」「うん、わかった、約束する」と言ったすぐ後で,また「たぁーっ」と大声を出す青年と介護者とのやりとり。見ているだけで心があたたかくなります。

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 やまゆり園で犠牲になった人たちも、きっとこんなふうに道草を食いながら誰かと歩いたあたたかで楽しい人生があったのだろうと思います。それを想像しよう。

 

 「美帆ちゃんのこと、忘れないよ」 これを言い続けたいと思うのです。

息子たちとこんな風に町の中で暮らしていくことが、社会の希望になる。

 1月12日(日)アースプラザでのセミナーでおしゃべりする予定の「ぷかぷか作り隊」隊長の浅川さんからメッセージが届きました。

 不寛容な時代にあって、尚も希望の持てるメッセージです。冬休みが明けた登校日の風景からこんな言葉を紡いでいます。

私たち家族を支えてくれ、一緒に笑ったり泣いたりしてくれる人たちと出会い、この地域で生きていくことを選び日々を重ねて来た今、しみじみと、私は息子たちとこんな風に町の中で暮らしていくことが社会の希望になる。そんな風に強く思った登校初日でした。」 

 息子たちとこんな風に町の中で暮らしていくことが、社会の希望になる。障がいのある子ども達と暮らすことが、社会の希望を作り出すなんて、素晴らしいことだと思います。

 「障害者は不幸しか生まない」などと容疑者が言い、それに賛同するたくさんの人がいました。「いや、それはちがう!」と私たちが言っていかないと、ますます息苦しい社会になっていきます。そんな中での浅川さんのメッセージはとても力強く、希望に満ちています。津久井やまゆり園事件を超えていく社会というのは、こんな風にしてできていくのだと思います。

 

ameblo.jp

 

 

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「表現の市場」は、津久井やまゆり園事件を超える社会を提案する舞台

 津久井やまゆり園事件の公判がもうすぐ始まります。それをめぐっての集まりが開かれます。ぜひお出かけ下さい。

dpi-japan.org

 

 事件をめぐっての議論は大事です。ただ議論するだけで終わったのでは意味がありません。議論の先に何を作り出すのか、というところこそが大事だと思います。

 「社会が問われている」は事件をめぐる議論でいつも言われることです。でもそこから先がなかなか出てきません。問われた私たちは、ではどんな社会を、どう作ろうとしているのか、ということです。

 事件を超える社会を私たちはどうやって作り出すのか、障がいのある人たちと一緒に、お互い気持ちよく生きていける社会をどうやって作り出すのか、というところです。

 

 ぷかぷかは事件よりはるか前から、そういった社会を目指して活動してきました。お互いが

「いっしょに生きていくといいよね」

って思える社会です。

 10年たって、そんなふうに思える社会がぷかぷかのまわりには少しずつできてきました。

「ぷかぷかさん(ぷかぷかで働く障がいのある人たち)が好き!」

というファンがたくさんできたのです。障がいのある人たちを暴力的に排除した事件とは真逆の世界です。

 何か特別なことをやったわけではありません。「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」「その方がトク!」と言い続け,そのことを実感できるお店や場(パン教室、演劇ワークショップ、アートのワークショップ、人権研修会など)を作ってきただけです。

 

 事件の容疑者は

「障がい者はいない方がいい」「障がい者は不幸しか生まない」

といい、ふだん障がいのある人たちをおつきあいのない人は、なんとなく「そうか」と思ってしまいます。

 ぷかぷかがつくってきたファンの人たちはその正反対の思いでいます。障がいのある人たちは、いない方がいいのではなく、「いた方がいい!」「いて欲しい!」とみんな思っています。ぷかぷかは10年かけて、そういう関係をたくさん作ってきたのです。

 

 ぷかぷかさんたちはまわりの人たちをハッピーな気持ちにしています。不幸しか生まない、のではないのです。

 ぷかぷかさんたちの作品を見てください。

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 こうやってぷかぷかさんたちはぷかぷかのまわりの社会を毎日せっせと耕しています。みんなのとがった心をまるくしているのです。

 

 1月26日(日)には「表現の市場」をやります。

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 障がいのある人たちといっしょに生きていくと何が生まれるのかを表現する市場です。「共に生きる社会」「共生社会」を作ろう、とあちこちで言われるのですが、それが何を作り出すのか、ほとんど見えません。「表現の市場」は、それを目に見える形で具体的に表現します。

 「いっしょに生きていった方がいいね」と、一目で思える舞台です。いっしょに生きる社会が見える舞台です。

 事件を超える社会を提案する舞台です。ぜひ見に来てください。

 

 問題は、この「表現の市場」を実現するために、100万円を超える資金が不足していることです。

www.pukapuka.or.jp

 

 

 

相模原障害者殺傷事件ーいっしょに深い人間関係を築く

 相模原障害者殺傷事件について、とてもいい記事を見つけました。

news.yahoo.co.jp

 

 記事の中《「障害者を支援する仕事を約3年も続けてきた職員がなぜあのような障害者観に行きついてしまったのか」という根本的な問題には、マスコミも含めてこの社会はほとんど迫れていない。》という指摘は全くその通りだと思います。

 

 一番の問題は、やはり津久井やまゆり園自体が、その問いと向き合わなかったことだろうと思います。「どうして元職員があのような事件を起こしたのか」という問いと向き合い、そこで考えたことを外に向けて発信していれば、それを手がかりにたくさんの人がこの問題を考えることができたと思います。

 取材を一切拒否し、職員には箝口令が敷かれたと聞きます。事件としっかり向き合う、という姿勢が、はじめからなかったのではないかと思いました。

 事件直後からホームページは閉ざされ、法人が何を考えているのか全く見えなくなりました。

 事件から1年後、ようやくホームページが再開されましたが、そこにあったのは、事件を他人事のように語る言葉だけでした。元職員が起こした事件にもかかわらず、謝罪のメッセージは一切ありませんでした。事件の説明ももちろんありません。

 やまゆり園のこういう姿勢こそが、事件の解明を難しくしているのだと思います。

 

 神奈川県の事件検証委員会の報告書にも、防犯上の問題ばかりで、やまゆり園の支援の実態などについては一言も触れていません。本当に検証しなかったのか、検証はしたが、報告書作成の段階で削除させられたのか、全くわかりません。いずれにしてもここできちんと検証報告がなされていれば、事件の解明はもう少し進んでいたと思います。

 この点について県に質問状を出しましたが、曖昧な答えしか返ってきませんでした。要するにその部分の解明を県としてはやりたくない、というか、そこを解明すると県の責任が問われかねないのだろうと思いました。

 ところが、この12月になって突然、やまゆり園がおこなっていた、利用者さんの拘束を持ち出し、指定管理者に見直しをすると言い出しました。裁判の中で、県の責任が問われるかも知れない、と思ったのかも知れません。

 

 記事にある《元利用者家族が語ったやまゆり園と殺傷事件》の対談はぜひ多くの人に呼んで欲しいです。

headlines.yahoo.co.jp

「息子がどういう生活をしているのか気になって、私も記録を読んでみるんですが、読むと胸が苦しくなる。」という母親の言葉からはやまゆり園の支援の実態がよく見えます。

 

《相模原事件被害者・尾野一矢さんめぐる大きな取り組み》も前向きのとてもいい話です。

headlines.yahoo.co.jp

 たとえばこんな言葉があります。

施設では、利用者が一定のルールをはみ出さないように、いわば管理的・監視的に見守るわけですが、自立生活での見守りは、本当に一矢さんらしい生活をしていくために、介護者が一緒に時間を過ごしながら考えていくという姿勢です。だから、同じ「見守り」でも180度違うものだと思います。
 そこには介護者の個性も反映してくるだろうし、単に介護者が利用者の黒子になるのではなく、一緒に深い人間関係を築く中で意思決定をしていく。》

 「いっしょに深い人間関係を築く」こと。そういうことがやまゆり園ではなされていなかったのだと思います。そういう関係が築かれていれば、あのような悲惨極まる事件は起きなかったと思います。

 

「相模原事件めぐる議論で語られていない施設の現実」と題した座談会はとても興味深いものでした。

headlines.yahoo.co.jp

 「思想」「哲学」がなくなり、「管理」が強化された、という指摘は、全くその通りだと思います。

 信州小諸の「おむすび長屋」をやっていた田中さんは晩年、いっしょに暮らしていた障がいのある人たちとのおつきあいが、「サービス」に変わり、お金が入ってくるようになった代わりに、彼らとのおつきあいの質が変わってきて,なんだか淋しいよ、と嘆いていました。

 福祉の制度が整い、「おむすび長屋」の運営も楽にはなったのですが、いっしょに暮らす障がいのある人たちとのおつきあいの質が変わってしまった、と言う田中さんの嘆きは、問題の本質を言い当てています。

 「思想」「哲学」というより、現場での人と人とのおつきあいの質だろうと思います。「尾野一矢さんめぐる大きな取り組み」でも語られた「深い人間関係」です。

 

 お互いを信頼する「深い人間関係」がやまゆり園でどうしてできなかったのか、ということが問われると思います。

 

ぷかぷかでは障がいのある人たちと

「あなたが好き!」「あなたといっしょに生きていきたい」

といった関係を作っています。

 ここには、「深い人間関係」を取り戻す手がかりがあると思います。

 

 

 

 

 

 

 


 

今年はぷかぷかが始まってなんと10年

 今年はぷかぷかが始まってなんと10年になります。なんだか、あっという間の10年でした。え?もう10年?という感じ。

 しっかりした事業計画があったわけでもなく、本当に行き当たりばったりの、頼りない運営でした。それでも、今、すごい広がりが生まれていて、これはなんだったかなぁ、と考えています。

 それはやっぱり、障がいのある人たちに惚れ込み、

「彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ」

「その方が絶対トク!」

と、様々な形で、しつこく言い続けてきたことだろうと思います。

 いろいろ苦しいときがあっても、ここの部分だけはぶれなかったこと。そこが大きいと思います。

 

 「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」

を様々な形で発信し、それに共感する人が少しずつ、少しずつ増えてきました。

 そしてそれを一番支えたのが、ぷかぷかさんたちのありのままの姿の魅力だったと思います。

 「社会にあわせるのではなく、ありのままのあなたが一番すてき」

という人間観であり、価値感です。

 

 「障害者はなんとなくいや」「近寄りたくない」という人たちの多い世の中にあって、「ぷかぷかさんが好き!」というファンができたことは、全くの想定外でした。ファンができたことは、いままでにない新しい気づきを生みました。

「ぷかぷかさんたちは、社会を耕し、社会を豊かにする存在」

という気づきです。

 「いっしょに生きていくことの意味」

が、更に明確になったように思います。 

 いろんなことができないとか、生産性が低いとか、何かとマイナスの価値で語られることの多い障がいのある人たちが、ぷかぷかではプラスの価値で語られるようになったのです。

 

 そういった今までにない新しい価値を作り続けてきたこと、それがぷかぷかの10年ではなかったかと思います。

 

 こういった新しい価値が、ぷかぷかの事業展開にはずみをつけました。たくさんの物語が生まれ、『ぷかぷかな物語』という本にまとまりました。今年は更にぷかぷかの10年をまとめる分厚い本ができあがる予定です。心がぷかぷかして、わたしも一歩踏み出そうって思えるような映画も作ります。

 ぷかぷか10年目を楽しみにしていてください。

 

 

   タカサキは今年の4月、なんと71才になりますが、まだまだ元気です。年賀状も、31日になって文房具屋に版木を買いに行き、夕方から彫り始め、晩ご飯もちゃんと作り(ほうとう、無水ナベの肉じゃが、ターサイのオイスター炒め)、そのあと夜中の3時まで彫り続け、今朝もひたすら彫って、昼の3時頃完成。きちんと下書きを書いて彫るわけでもなく、どこまでもテキトーなので、途中で、ひっくり返した文字がどうなるのかよくわからなくなることが度々あって、こりゃだめかな、と思いつつ、下書きなしで彫る文字は限りなく自由で、楽しくて、今年もなんとか完成しました。

「ことしも はしる」です。71才にして、尚も走る。老後はのんびり、どころか、ぷかぷかを始めてからはずっと走ってきたように思います。走って走って、今年は何が生まれるのか、すごく楽しみです。

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