ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

せっかくの日々をなんというもったいない使い方

先日の理事会、花岡さんがhanaちゃん連れてこなかったので、つい

「え〜っ、もったいない!」

といってしまったのですが、そのことについてのブログがすごい反響を呼んでいます。

 

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hanaちゃんはなんだかんだいってもかわいいです。重い障がいを持ったお子さんですが、付き合うほどにかわいいです。

 こうやって寝てるときもあれば

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イケメンお兄さんを見つけて、じぃ〜っと見つめたり

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詩の朗読を聞き入ったり

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アルゴリズム体操の歌にこんないい顔になったり

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とにかくかわいいのです。

理事の人たちはhanaちゃんのような子どものことをほとんど知りません、人生、こんなすてきな人と出会わないなんて、

「ほんと、もったいない」

と思うのです。

 

 私は養護学校の教員になって初めて障がいのある人たちに出会い、いっぺんに惚れ込んでしまいました。いろいろできないことや問題を抱えていても、それでも彼らのそばにいると毎日がほんとうに楽しかったのです。

 誰かといっしょに生きていくことの楽しさを彼らは教えてくれた気がします。こんなすてきな人たちとはいっしょに生きていかなきゃ損!と思いました。

 こんな宝のような人たちを養護学校に閉じ込めておくのは「もったいない」と街に連れ出して公園で遊んだりしました。遠く武蔵野の原っぱにも連れて行きました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 そんなことをする教員は私一人だけでした。みんな「指導」には熱心でしたが、「彼らといっしょにその日を生きる」といった感覚ではなかったようです。せっかくの日々をなんというもったいない使い方、と私は思っていました。

 

 ぷかぷかを始めた今も、彼らと過ごす日々がいとおしくてしょうがない感じです。ただ一緒にいる、それだけで幸せな日々です。幸せだと思える関係を作ることこそ大事な気がします。

 

 

「対決を乗り越える」「差別とどう向き合うか」みたいな言葉

知り合いから立教大学で津久井やまゆり園の事件をテーマにした公開講演会の案内がありました。

www.rikkyo.ac.jp

  大学でこんな講演会をやるなんてすごいなぁ、と素直に感心しました。若い学生さん達がこういうことを機会に、やまゆり園の事件のことを考えてくれればと思います。

 ただ大学での講演会のせいか、なんとなく硬い雰囲気。講師の方の著作に『対決を乗り越える心の実践:障害者差別とどのように向き合うか?』というのがありましたが、「対決を乗り越える」だの、「差別とどう向き合うか」といった構えた話じゃなく、「ややこしいことごちゃごちゃいわんと一緒に生きていった方がトクじゃん」て、私は思います。こういう感覚でぷかぷかをやってきて、その結果、「ぷかぷかが好き!」とか、「ぷかぷかのファン」ができたりしています。こうやって地域社会が少しずつ変わってきています。

 「障害者差別とどのように向き合うか」なんてまじめに考えないと社会は変えられない、という硬い思い込みから自由になることこそ大事な気がします。私自身、養護学校の教員になって、障がいのある子ども達と出会うまでは、そんなふうに考えていました。「障害者差別とどのように向き合うか」と。

 でも、彼らと出会い、ステキな彼らを養護学校から街の中へ連れ出し、たくさんのいい出会いを作っていく中で、こういう出会いを作ることこそが大事、と思えるようになりました。pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 このときの経験がぷかぷかにつながっています。

  そしてぷかぷかでは「彼らといっしょに生きていった方がいいよ」とやわらかく呼びかけています。ぷかぷかは差別と闘わないのです。闘わない方法で、社会をいい方向へ変えていこうとしています。

 彼らとふつうに友だちになること。それは誰にでもできることです。だたそれだけで社会が少しずつ変わっていきます。ぷかぷかがやってきたことを見てもらえば、それはすぐにわかります。

 

 機会があればこういう集まりの講師にぜひぷかぷかさんを呼んで欲しいと思います。ぷかぷかさん達との楽しいやりとりを経験すれば、「対決を乗り越える」だの、「差別とどう向き合うか」みたいな言葉が、ほとんど意味を持たなくなって、なんかもうどうでもよくなる気がします。

 

こうやってふつうに楽しくおつきあいするだけのこと

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 こんな人たちとはつきあった方が絶対トク!

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社会における「ぷかぷかの価値」

 今朝の朝日新聞の読書欄に「築地市場の価値」と題して築地市場について大きくページを割いて書いていました。その中で「築地市場は単なる市場であることを超えて、世界にも希有な生きた食文化博物館にして、いまや世界中から注目を集めている…」というところが、すごいと思いました。「豊洲市場への移転によって、東京は自分の中の重要な経済的文化的機構の一つを、永遠に失うことになる。日本人は築地市場のような価値ある場所を失ってなならない」と結んでいました。

 

 ぷかぷかも単なる福祉事業所であることを超えて、福祉の枠にもう収まらないほどの「新しい価値」を創り出している気がします。

 先日の上映会では朝日新聞、毎日新聞、神奈川新聞、それにNHKが取材にきていました、単なる福祉事業所の映画であれば、こんなに取材はきません。

 毎日新聞は一面使ってぷかぷかのことを書くそうで、度々取材にきています。先日は一日メンバーさんと一緒に働く体験取材をしていました。

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 今週はサービスグラントのキックオフミーティングを取材します。 サービスグラントについては下記サイト。

www.servicegrant.or.jp

 

 サービスグラントには企業にアートを売り込む営業資料を作ってもらいます。6ヶ月かけてパワーポイントで20ページ分くらいの営業資料を作ります。

 営業資料というのは「ぷかぷかの社会的価値」を企業に伝えるためのものです。そのためにいろんな人にぷかぷかについてヒアリングをしたり、イベントに参加したり、ぷかぷかの日中活動を取材したりして、「ぷかぷかの社会的価値」を掘り起こしていきます。

 福祉の業界だけに通用するようなものではなく、社会全体に通用する「ぷかぷかの価値」です。そうでないと、企業には伝わりません。企業を説得できるだけの価値です。企業がお金を出してでも買いたい価値です。

 ぷかぷかのアートを企業が採用することにどんな意味があるのか、それを社会における「ぷかぷかの価値」という視点から書いていきます。すごく大変な作業になると予想されますが、大変だからこそ、この作業はおもしろいと思います。

 毎日新聞が一面も使ってぷかぷかを紹介したい、というのは、多分一面使って紹介するに値する「ぷかぷかの価値」を見つけたのだろうと思います。一面でそれを書ききるのはすごく大変だと思います。パワーポイント20ページ分の方がまだ楽な気がしますが、いずれにしてもすごく楽しみです。

 

 「ぷかぷかの価値」とは「ぷかぷかさん達が作り出す価値」です。障がいのある人たちが作り出す新しい価値です。彼らと一緒に生きることで生まれた新しい価値です。

 

 

 

街を耕すことの第一歩は

先日の映画を見た方の感想です。メンバーさんが地域を耕すことについて書かれています。

 

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以前二ツ橋大学で瀬谷の事業所の職員が高崎さんに「どうしたら地域との繋がりを持つことができるのか?」といった質問をした時に
高崎さんが「自分はなにもしてない。メンバーさんがやっている」と応えられました。
その時私はその意味や状況を想像すら出来ませんでした。
 
そしてその後何度もぷかぷかに行き、ぷかぷかの記事を読み、その理由を探るべく行動をしてきました(笑)
ぷかぷかには一度行っただけでぷかぷかは他とは違 う!と感じました。
徐々にぷかぷかの空気感にひたりいつしかぷかぷかのファンに。
 
そして今回のPVを拝見して私も今地域を変えるのはこの人達だ、と言えるようになりました。
今回の映像はほんわかぷかぷかさんの雰囲気が良く出ていたと思います。
メンバーさんの持ち味と高崎さんとの関わりが泣けるほどにいいです。
 
ぷかぷかさんとふれ合うと何だか自分の奥底に隠れていた優しさや穏やかさが引き出されるのではないでしょうか。
=人を豊かにするんです。
 
そんな感じが映像からも良く分かりま す。
 
ぷかぷかさんのメンバーさん達にはこれからもどんどん地域に出ていって欲しいと思います。
 
そして私、思うんですが、どこの事業所にも地域を耕せるメンバーさんがいると思います。
これは実感です。
すべての事業所がぷかぷかさんのようには実際はなれないと思いますが、
地域を耕せる方達がいるわけですから率先して地域に出ていって欲しいと思います。
 
まずはそこからだと思いました。
それで充分周辺地域は変わると思います。それが広がればいいんです。
 
その為にも一人で も多くの方にこの映像を見て欲しいです。
 
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 うれしい感想です。こうやって人が動いていくところがいいですね。動けば何かが変わります。
 
 街を耕す、というのは、街の人たちといい関係を作ることです。街の人にとって、いい出会いを作ることです。障がいのある人たちとおつきあいしてよかったな、と思える関係を作ることです。
 そのためにはまず私たち自身が「彼らとおつきあいするといいよな」と思える関係を作ることが大事だと思います。それと彼らが自由に振る舞える環境があること。この二つが大事だと思います。
 彼らを「支援」するとか。「管理」する、といった発想から、私たち自身が自由になること、それが街を耕すことの第一歩だと思います。何よりも、私たち自身がそうすることで楽になります。
 
 
 

ぷかぷかの映画の自主上映をお願いします

 ぷかぷかの映画の自主上映をお願いします。上映をお願いしたいのは以下の3本です。

プロモーションビデオ第1弾(5分)

www.youtube.com

プロモーションビデオ第2弾(15分)

www.youtube.com

第3期演劇ワークショップの記録映画(38分) ここに貼り付けてあるのは映画の宣伝ビデオ(3分)

www.youtube.com

 

みんなが心ぷかぷかになると…

 この映画を見ると、ぷかぷかの自由な空気感がどういうものか、よくわかります。ぷかぷかの空気感は社会を心地よくします。この自由で心地よい空気感こそ、障がいのある人たちと一緒に生きる理由です。

  「彼らと一緒に生きていきたい」と思ってぷかぷかを立ち上げたのですが、そういうスタンスが、このなんとも心地よい空気感を自然に生み出したのだと思います。「彼らと一緒に生きる」という関係性、ただそれだけでこの空気感が生まれています。ですからむつかしいことでもなんでもないのです。「彼らと一緒に生きよう」と思うかどうかだけです。

 障がいのある人たちの存在を真っ向から否定した相模原障害者殺傷事件。そして、それを生み出した社会。

 それに対して、プロモーションビデオ第2弾は「あの事件はけしからん」と議論をふっかけるのではなく、「ぷかぷかの空気感」を黙って差し出しています。演劇ワークショップの記録映画は、彼らと一緒に生きていくことで生まれる楽しさ、豊かさをしっかり見せてくれます。プロモーションビデオ第1弾は「一緒にいると心ぷかぷか」といっています。

  みんなが心ぷかぷかになると、社会はそこから少しずつ変わっていきます。みんなが生きやすい社会に変わっていきます。障がいのある人たちを否定しないような社会に変わっていきます。

 みんなが心ぷかぷかになるために、ぜひぷかぷかの映画の自主上映(高崎のお話付き)をやってみて下さい。

  

どうして自主上映なのか

 自主上映というのは、映画館に行ったり、どこかの上映会に行くのではなく、自分で上映会を企画し、会場を借り、宣伝チラシを作り、お客さんを集め、上映することです。お金がかかります。ぷかぷかの映画の場合は上記3本で3万円です。それに会場費、宣伝費などを入れるともう少しかかります。そんなにお金のかかる、面倒くさいことをどうしてやるのか。

 

ひとことで言うと、自主上映は自分を磨き、自分を豊かにするからです。

  ぷかぷかの映画を人に見せたい、ということは、ぷかぷかのことをたくさんの人に知って欲しい、ということです。どうして知って欲しいのか、そのためにはまず、ぷかぷかって自分にとってなんなのか、それを一生懸命考えます。そうするとどうしてたくさんの人に見せたいのかが見えてきます。

 どうしてぷかぷかが好きになってしまったのか、何がきっかけだったのか、それを一生懸命思い出して下さい。

 ホームページやFacebookページを見ても楽しいよね、心癒やされるよね。どうして楽しいんだろう、どうして心癒やされるんだろう。それを考えてみて下さい。

 いろいろ考えたことを、来てほしい人たちにしゃべります。宣伝のチラシに書きます。FacebookやTwitterで発信します。

 そうやって考えたり、しゃべったり、書いたりすることが自分を磨き、豊かにします。

 

ぷかぷかのヒミツ

  社会の中ではなんとなくいやだなぁ、と嫌われている障がいのある人たちが、ぷかぷかで働いていると、「彼らのこと好き!」とか「彼らのファンです」という人が次々に現れます。どうして障がいのある人たちのこと、好きになってしまうんだろう。ここにぷかぷかのヒミツがあります。

 社会の多くの人は「障害者はいろんなことができない」「役に立たない」「社会のお荷物」などと否定的に考えています。でもぷかぷかで働いている障がいのある人たちを見ていると、とてもそんなふうには思えません。どうしてそんなふうに思えないんだろう。ここにもぷかぷかのヒミツがあります。

 ぷかぷかのヒミツとは何か。それをぜひ映画を見ながら考えてみて下さい。

 ぷかぷかのヒミツは障がいのある人たちと私たちの新しい関係を提案しています。その関係は、多分、私たちを救います。いつも「支援」の対象になっている彼らが、私たちを「救う」のです。

 

気づきの共有

  自主上映は、ただ映画を上映して終わるのではありません。上映後、気がついたことをみんなで話し合います。いろんな人が気づいた、様々な異なる気づきをみんなで共有します。気づきの共有です。そうすることで、更に新しい気づきがあります。

 上映会後の話し合いには高崎も参加しますので、ぷかぷかのヒミツなど、わからないことはなんでも聞いて下さい。ヒミツの共有ができます。

 

たくさんの人たちとの出会い

 自主上映の準備をしていく中で、たくさんの人たちと出会います。同じ地域にこんなすてきな人がいた、こんなおもしろいことをやっている人がいた…地域がこんなにも豊かだったことの発見。地域で生きることが楽しくなります。たくさんの出会いは、自分の幅を広げ、豊かにします。そうして何よりも、誰かと出会うところから新しい物語がはじまります。

 

みんなで動き出すー新しい物語のはじまり

 映画見て、高崎の話を聞いて、ああよかったよかった、では何も変わりません。みんなのエネルギーを注ぎ込んだ上映会が、もったいないです。

 大事なことは、上映会をきっかけに社会が少しでも心地よくなるよう、障がいのある人もない人も、お互いが少しでも生きやすい社会になるよう「みんなで動き出す」ことです。

 自主上映の中でいろんな人たちと出会い、今度はこれをいっしょにやってみよう、となれば、そこから新しい物語がはじまります。みんなが動き出せば、物語はどんどんふくらんでいきます。

 物語を紡ぐこと、それは自由で、心地よい社会を作り出すための最初の一歩をみんなで踏み出すことです。

 

 どんなわくわくが待っているか、さぁ、新しい物語の始まりです!  

 

 

上映経費 

 上映するための経費は3万円です。このお金は演劇ワークショップの運営費と記録映画製作の経費になります。高崎はボランティアで話をしにいきます。もちろんお金に余裕のあるところは講演料を払っていただけるとうれしいです。遠いところは交通費をお願いします。

 

問合せ

 NPO法人ぷかぷか事務所 045-453-8511        pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎まで

 

先日の上映会のチラシ。これを元に、近々自主上映で使えるチラシ作ります。日時、場所、チケットの値段、問合せ先などは空白にし、自主上映する人たちが自由に書き込めるようにします。チラシの裏は自分たちの思いをめいっぱい書いて下さい。

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あの犯人の暮らした街に「ぷかぷか」があって、どこかで「ぷかぷか」と出会っていたら…

 土曜日の上映会で杉浦さんとお話ししました。杉浦さんは有名(?)な二ツ橋大学の副学長さんです。本人は雑用係といっていましたが…

 杉浦さんは、この二ツ橋大学で、相模原障害者殺傷事件をテーマにした集まりを何度かやっていて、私も参加した縁で、上映会のあとのトークセッションに出ていただきました。相模原障害者殺傷事件という重いテーマを、決して逃げることなく、正面から向き合おうとする杉浦さんの姿勢こそ私たちは見習いたいと思い、ゲストにお呼びしました。

 

 杉浦さんは昔、有機野菜を扱う小さな八百屋をやっていました。その八百屋に、私が養護学校の教員をやっている頃、てっちゃんというダウン症の男性を雇ってもらいました。進路担当の教員はてっちゃんに一般就労は絶対無理!無理!といっていました。でも、私はてっちゃんのような人こそ、街で働いて欲しいと思っていたので、てっちゃんを雇うと絶対にいいことがある、としつこくお願いしました。その思いが杉浦さんに届いて、てっちゃんは八百屋で働くことになりました。もう30年くらい前の話です。

 ぷかぷかの映画を見たあと、その頃の話を杉浦さんはしてくれました。八百屋はものすごく忙しい職場で、お昼ごはんを取れるのが夕方の4時頃になることが日常茶飯事であったといいます。そんな中でてっちゃんは黙々とマイペースで働いていました。てっちゃんの働く姿は、そのまま杉浦さん達の働き方に大事な問いかけをしていたといいます。有機野菜を売るというミッションと、杉浦さん達の働き方があまりにもかけ離れているんじゃないか、と。杉浦さんたちは考え込んでしまったそうです。人としてのまっとうな働き方をいそがしさの中で忘れてしまっていた、それをてっちゃんが引き戻してくれた、というのです。てっちゃんは、あーだ、こーだ、とややこしいことはいいません。ただ黙々と働く姿で、その大事なことを教えてくれた、と杉浦さんは話してくれました。それが障がいのある人と一緒に働く意味ではないかと。

 相模原障害者殺傷事件の犯人は「障害者はいない方がいい」などといいました。でも、てっちゃんは杉浦さん達にとって、「障害者はいない方がいい」どころか、てっちゃんが八百屋で働くことで、とても大事なことを教えてくれた人なのです。

 

 てっちゃんは気がつくと街の中でたくさんのつながりを作っていた、と杉浦さんは話していました。朝夕乗り降りする駅の人たちはみんなてっちゃんのことを知っていたそうです。てっちゃんは人なつっこくて、誰にでも愛されるような人でした。こういう人は街の中にいた方がいい、と杉浦さんのお店に入れてもらったのですが、予想通り、てっちゃんのキャラクターで街を耕していたようです。こういう街はてっちゃんが歩くことでホッとした雰囲気が漂います。誰もが生きやすい街になります。

 ぷかぷかさん達も毎日街を耕しています。映画はそれを伝えていました。

 彼らが街にいること。そのことがすごく大事なのだと思います。

 

 あの犯人の暮らした街に「ぷかぷか」があって、どこかで「ぷかぷか」と出会っていたら、多分あんな事件は起こさなかったんじゃないか、と杉浦さんは話していました。ここに事件の本質があると思いました。

 障がいのある人たちとおつきあいする機会がふだんの暮らしの中でもっともっとあれば、あの事件は多分起こらなかったのだろうと思います。

 学校の時から障がいのある子どもとない子どもが分けられることが当たり前になっています。何かの機会がなければ、障がいのある人たちとおつきあいすることはありません。おつきあいがなければ、彼らのことは全くわかりません。なんとなくいやだね、とか、近寄りたくないな、といったマイナスイメージだけが一人歩きします。犯人もそういう社会の中で生き、育ってきました。何かのきっかけで、そのマイナスイメージが犯人の中で爆発的に大きくなり、事件に至ったのだと思います。

 事件が大きすぎで、私たちの手に負えない感じですが、杉浦さんの

あの犯人の暮らした街に「ぷかぷか」があって、どこかで「ぷかぷか」と出会っていたら、多分あんな事件は起こさなかったんじゃないか」

という発言は、そうだ、そういうことだよな、と事件の一番の原因が見えた気がしました。

 そしてあたし達にできることは、街の中で障がいのある人たちと楽しくおつきあいできる機会をたくさん作ること、そこから豊かなものをたくさん作り出すことだとあらためて思いました。

 「ぷかぷか」では障がいのある人たちが働いています。社会の中ではどちらかというとなんとなく嫌われている人たちです。ところが彼らが「ぷかぷか」で働いていると、嫌われるどころか、「彼らのこと好き!」とか「彼らのファンです」という人が増えたりしています。

 社会と全く反対の反応です。彼らのこと好きになるなんて、そんなことがあり得るの?と思ってしまうのですが、ここにこそぷかぷかのヒミツがあります。

 そのヒミツとは何か。

 それは別にたいしたことではなく、障がいのある人たちを社会にあわせたりせず、彼らのそのままの姿を差し出しているだけです。そうすると彼らのファンが次々に生まれたのです。彼らのそのままの姿には魅力があり、それにお客さんが気がついたのです。 

 そしてこのぷかぷかのヒミツこそが、相模原障害者殺傷事件を生むような病んだ社会を救う手がかりを提案している気がするのです。

 

 犯人が、ぷかぷかのカフェに来て、たとえばテラちゃんの機関銃のように威勢のいい言葉がぽんぽん飛び出してくるような元気で楽しい接客に出会っていれば、事件は絶対に起きなかったのではないか、と思うのです。

 

 テラちゃんはこうやってぷかぷかのファンをどんどん増やしています。

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「お互いさま」と迷惑をかけあえる世の中をめざしたいと思います

 映画を見た人のすばらしい感想が届きました。

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 実際の活動の現場をお訪ねしたことがなかったので、今回の映画を観られて、ほんの一部分でしょうが、ぷかぷかの雰囲気を感じることができてよかったです。
 
 障害のある彼らがいることで、この空気感が生まれると高崎さんはおっしゃいますが、実際には、彼らが居ればそういう空気感が自然に生まれるわけではありません。
 
 それは、お店を始めるときに、講師を招いて接客の研修をやったところ、マニュアル通りでは、せっかくの彼らの良さが失われてしまうと、いわゆる常識的な接客に
縛られないことを、高崎さんが、ぷかぷかが選んだからこそ生まれているものです。
 
 今の世の中、これぐらいできて当たり前、これぐらいやって当たり前という常識が
あって、これに逆らうのは、意外に大変です。それぐらいカラダに染み付いています。
 
 でも、そうだからこそ、ぷかぷかの自由な空気に、人は癒され、ぷかぷかウイルスに感染していくのでしょう。
 
 私たちも、ぷかぷかを見習って、もっともっと自由に生きられたらと思います。
 
 ある人が自立とは依存しないことではなく、依存先を増やすことだと言っています。
 
 他人に迷惑をかけないように、他人に後ろ指をさされないように、失敗しないように、神経をすり減らして生きるよりも、他人に迷惑をかけるのが人間だ!と開きなおって「お互いさま」と迷惑をかけあえる世の中をめざしたいと思います。
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 接客マニュアルによる接客が、メンバーさん達のせっかくのいい雰囲気をぶちこわしているというか、とにかく無理しているメンバーさんの姿が気色悪かったので、ああ、これはもうやめよう、と思ったのですが、それが今のぷかぷかの空気感を生み出すきっかけでした。いろいろ考えての判断ではなく、どこまでも「気色悪い」という直感です。その感覚が、社会の「規範」(接客するときはマニュアルにあわせねばならない、といった規範)よりも優先していたのだと思います。
 この「規範から自由」という感覚は、養護学校の子ども達に教わった感覚でした。

 今まで何度か書いた「フリチン少年」の話を書きます。

 

 養護学校の子ども達と出会って、いちばんよかったのは私自身が自由になれたことです。人間はこういうときはこうしなきゃいかんとか、こういうときはこんなことしちゃいけないとか、いろんな規範があって、それに縛られています。でも、彼らとおつきあいしているうちに、そういった規範が少しずつ取れてきました。

 お漏らしをしょっちゅうする子がいて、10分おきくらいにパンツをぱぁっと脱いでいました。私は

「みっともないからパンツくらいはけ」

ってパンツをはかすのですが、10分ほどしたらまたぱぁっと脱ぐのです。

 パンツをはかす、彼は脱ぐ、またはかす、彼は脱ぐ、といったことを一日何回も繰り返すわけです。で、天気のいい日は中庭に出てパンツ脱いだまま大の字になって気持ちよさそうにおひさまを仰いでいるのです。そのそばで私は陰気な顔して

「パンツはけよ」

と言い続けている。おひさまのさんさんと照る中、彼は気持ちよさそうにいい顔をしている、そのそばで私は陰気な顔をしてぶつぶつ文句ばかり言っている。

 そういうことを毎日繰り返していると、私は一体何をやってるんだ、ひょっとして彼の方がいい人生を送っているんじゃないかって思い始めたのです。彼の方が明らかにいい時間を過ごしているわけですから。私はなんてつまらない時間を過ごしてるんだと。そして結果的には、パンツをはかない子がいてもいいかって気持ちになってきたのです。

 そうすると彼との関係が楽になってきたのです。彼が大の字になって寝てる、それをおだやかな目で見られる。

「ま、いいか」

って。

「この時間、彼のいい時間だし、大事にしよう、オレも横になるからね」

って思えるようになった。そんなふうに自分の中にあったつまらない規範が少しずつ取れていった。そうすると私自身、生きることがすごく楽になってきたのです。

 養護学校に勤めて、そこで障がいのある子ども達に出会って、何がいちばんよかったかというと、この、自分自身が自由になった、そしてそのおかげで生きることが楽になった、ということです。

 

 この「フリチン少年」に教わった自由な感覚が、ぷかぷかをスタートするにあたって、とても大事な判断をしたのです。ああもうこの気色悪い接客マニュアルはやめようって。

 

 

 感想の最後にあった言葉、

 

 他人に迷惑をかけないように、他人に後ろ指をさされないように、失敗しないように、神経をすり減らして生きるよりも、他人に迷惑をかけるのが人間だ!と開きなおって「お互いさま」と迷惑をかけあえる世の中をめざしたいと思います。

 

 とてもいい言葉だと思います。「お互いさま」と迷惑をかけあえる世の中を、みんなで目指したいですね。