ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

ケンタロウくんに感謝

 ケンタロウが亡くなりました、と朝、お母さんから電話がありました。ケンタロウくんは養護学校の教員になって2年目に担任した子どもで、今はもう40歳くらいになっています。ガンだったようです。

 ケンタロウくんは犬が大好きで、いっしょに散歩に行って犬を見つけると、だーっと駆け寄り、思いっきりぎゅっと抱きしめて、顔をべろべろなめ回していました。犬がケンタロウくんの顔をなめたのではなく、その逆だったので、犬の方がどぎまぎしていました。私も犬は大好きですが、ケンタロウくんとは「好き」のレベルが違うと思いました。

 気持ちのストレートな表現に感動してしまったことを未だに覚えています。自分を抑えるものがないというか、なんて自由なんだと思いました。自分の気持ちをここまで素直に表現できたら気持ちいいだろうなと思いました。

 ワークショップを始めたのもこの頃でした。ケンタロウくんはいっしょに芝居をやったりというのはむつかしい人でしたが、といってワークショップに参加しなかったわけではなく、とにかくよく笑う人で、みんながいろいろアクションをやるたびに、それに反応してケラケラ笑い、ワークショップの場をしっかり支えていました。

 お母さんはワークショップをめいっぱい楽しんでいました。発表会で、男の子ともじもじしながらデートする役をやり、20歳くらい若返ったその役を存分に楽しんでいました。

 自分が楽しむことを知っていたお母さんだったので、その頃養護学校の子どもたちといっしょに公園で遊ぼう!ということで月二回くらい集まっていた「あそぼう会」を中心になって楽しんでいました。障がいのある子どもたちのため、というより、お母さん自身が楽しんで遊んでいるところがいいと思いました。自分の人生を楽しむ、ということを、子どもの人生と同じくらい大事にしている人でした。

 重度の障がいを持った二人が施設を出て街の中で自立生活をするというドキュメンターリー映画「みちことオーサ」を自主上映したときも、小山内みちこさんとオーサという脳性麻痺の二人の女性の生き方に、いっしょに感動し、いいね、いいねと言いながら、ずいぶんいろいろな話をしました。この映画の上映がきっかけで、「遊ぼう会」が障がいのある人たちの社会的な生きにくさ、という問題に目を向けるようになりました。

 障がいのある人が電車の中で赤ん坊の髪の毛を引っ張り、そういう子どもをひとりで電車に乗せないでください、という投書が朝日新聞に載ったときも、いちばんよく話ができたのは「遊ぼう会」の人たちでした。ケンタロウくんのお母さんをはじめ、障がいのある子どもたちを抱えたお母さんたちと、地域の方たちがいっしょに話ができるような集まりが「遊ぼう会」でした。障がいのある人たちと、そうでない人たちがお互い知り合う機会をもっともっと作った方がいいね、投書したお母さんが障がいのある子どもと少しでもおつきあいがあれば、もう少し対応は違っていたと思うよ、といった話が「遊ぼう会」ではできました。

  今「ぷかぷか」でいつも話題になる、お互い知り合う機会を作った方がいい、という話は、ケンタロウくんのお母さんといっしょにいろいろやってた30年ほど前に生まれたのでした。

 ケンタロウくんとそのお母さんは、私が学校から飛び出して、地域でいろいろ動き始めた頃のいちばんの仲間でした。そして何よりもケンタロウくんは、私がこの世界にのめり込むきっかけを作ってくれた何人かの子どものひとりでした。ケンタロウくんに感謝!