ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

みんな悪意がないんだよね

 第3回目のワークショップがありました。

 進行役の「せっちゃん」と、ワークショップの中で、まだまだみんな自由になりきれてないというか、自分を表現しきってないね、といった話をしていて、その仕掛けをどうするか考えていました。そんな中で、コミュニケーションゲームで進行役の「ぱっつん」が、今日はみなさんにいろいろ質問したいと、好きな季節毎に別れたり、好きな野菜ごとに別れたりしていたのですが、「今度は私が質問したい」「僕がします」という人が次々に出てきました。お菓子であったり、漫画やディズニーランドのキャラクターだったりしました。

 おもしろかったのは、「げんさん」、「じゅんちゃん」、「ぱっつん」、「あみちゃん」のうち、いちばん好きは人は?、というタケちゃんの質問でした。「げんさん」は自分のお父さん、「じゅんちゃん」はお母さん、「ぱっつん」は進行役、「あみちゃん」はピアニストです。で、どういうわけか「げんさん」は自分を放棄して(?)、ピアニストの「あみちゃん」が好き、というグループに入っていて、みんな笑ってしまいました。

 こういう思ってもみない質問がぽ〜んと飛び出すところが、彼らといっしょにやるワークショップの楽しいところです。質問そのものは、なんだか答えにくいなぁ、と思っていたのですが、「げんさん」が「あみちゃん」が好きというグループに入っていた結果がすばらしくおもしろかったと思います。

 もちろんタケちゃんはそこまで考えて質問したわけではありません。「あなたはどの季節が好きですか?」の質問は、みんながただ四つのグループに分かれただけでした。でも、あなたは「げんさん」「じゅんちゃん」「ぱっつん」「あみちゃん」のうち、誰が好きですか?という質問は、みんなが思わず笑ってしまうような結果を生みました。ここがおもしろいと私は思うのです。彼らの言葉を丁寧に拾い集め、それを生かす工夫をしたいと思いました。

 

 『森は生きている』のお話を使いながら、その中で彼らの発想をどのように生かすか、そこが今回のワークショップのいちばんのテーマです。

 体を使って、物や場所を表現することにはかなり慣れてきましたが、「お話」を作ることにはまだ慣れていないので、今回はパン屋で好きなパンが焼き上がるところを体で表現したあと、そのパン屋に、夜、パンの大好きな巨大なドブネズミが勝手口から入ってきました。さて、どうしますか?というテーマで「お話」を作り、体で表現しました。

 おなかいっぱいにして眠らせる、とか、激辛なカレーパンを作って、びっくりさせるとかいろいろなアイデアが出ました。

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   こんにゃく座のオペラ『森は生きている』の中で、4月の神さまが、冬の神さまたちから1時間だけ時間をもらい、冬のさなかにマツユキソウを咲かすシーンがあります。舞台いっぱいに真っ白なマツユキソウが咲く、思わず「おおっ!」とうなってしまう場面で、マツユキソウを探しに来た娘と4月の神さまがデュエットで歌う歌があります。

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 「一瞬の今を、千秒にも生きて、このうれしさを胸に、胸に、胸に、きざもう」というところが私は大好きなのですが、この「一瞬の今」をぜひ舞台でみなさんに体験してほしいと思っています。ワークショップはですから、新しい生き方を見つける可能性をも秘めた場でもあるように思うのです。

 

 

 季節ごとに神様たちが集まり、森にやってきたわがままな女王たちをどうやってやっつけるかという作戦を練ってもらいました。進行役サイドの話の投げかけ方にも問題はあったのですが、物語にするにはかなり物足りない気がしました。

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 「やっつける」という気持ちがなかなか見えないというか、はっきりしない感じでした。

 そのことについて、今回のワークショップのあとの反省会でピアニストのあみちゃんが

「みんな、悪意がないんだよね」

とぼそんと言い、だから、女王をやっつける、などという、いわば悪意の上に成り立つ物語が作りにくいのではないか、というのです。

 「森は生きている」の物語をなぞってみようと、みんなで簡単な芝居をやったとき、わがままの女王と並ぶわがままな王様をやったコンちゃんは、娘から取り上げた大切な指輪を、娘から返却を要求されると

「いいよ」

と簡単に返そうとします。物語がよくわかっていない、ということはもちろんあるのですが、本質的にはやはり「悪意がない」ということなんだろうと思います。人が大切にしている物を取り上げてしまうとか、返さない、といった悪意ある発想がないのではないかと思うのです。

 ふだん彼らと接する機会のない「あみちゃん」の新鮮な感想は、彼らの本質を突いていると思いました。

 悪意のない彼らと、どうやって悪意ある物語を作っていくのか、またまたむつかしい問題が見えてきました。