ぷかぷか日記

ぷかぷか理事長タカサキによる元気日記

養護学校時代

笑顔は魔物だったのかも

養護学校の教員をやっていた最後の年の話です。 遠くを見つめながら、ちょっと笑ったしのちゃんの横顔が好きでした。言葉をしゃべらないせいか、その横顔には深みがありました。ちょっとほほえんだ弥勒菩薩半跏思惟像のような、そんな深いやさしさをしのちゃ…

『街かどのパフォーマンス』在庫あり−3

昨日学校に『芝居小屋』を作ったことを書きました。これは芝居をやる人、見る人、というふうに分けないで、みんなで一緒になって芝居を楽しむ熱い空間を作り出そうという試みでした。 『海賊ジェイクがゴンゴンすすむ』は『海賊太っちょジェイク』という絵本…

『街かどのパフォーマンス』在庫あり−2

昨日『街角のパフォーマンス』の目次の紹介をしましたが、中身の紹介をします。 ひとことで言うと、障がいのある人たちとの新しいおつきあい、といったことになるでしょうか。養護学校の教員になり、最初の頃は子どもたちのやることなすことすべて想定外で、…

『街角のパフォ−マンス』在庫あり

太郎次郎社エディタスという会社から、昔出した『街角のパフォ−マンス』という本を電子化していいかという問い合わせがありました。もう絶版になって、世の中から忘れられてるんじゃないかと思っていましたので、この問い合わせは嬉しいものでした。 太郎次…

「テレビが、み、た、い!!!」「う〜、でも、が、ま、ん、する〜!!!」

養護学校に勤めていた頃の話です。 つう君はよく通る声で一人でおしゃべりします。当時、まだ若い工藤静香が大好きでした。なにかにつけ、工藤静香が登場します。学校であれば、別にどうということはないのですが、バスの中でこんなことを言ったこともありま…

けんちゃん

養護学校で仕事をやっていた頃の話です。 子どもたちといっしょに手製の紙粘土で大きな犬を作ったことがありました。何日もかかって作り上げ、ようやく完成という頃、子どもにちょっと質問してみました。 「ところでけんちゃん、今、みんなでつくっているこれ…

テツにはテツの人生が、私には私の人生が…

養護学校で働いていた頃、テッちゃんという子どもがいました。テッちゃんは食事をするにも、着替えをするにも、誰かの手助けが必要でした。歩くときも一人では無理でした。そんなテッちゃんのお母さんが、ある日連絡帳に書いてきたことを今でも鮮明に覚えてい…

しのちゃん

あるケースワーカーと話をしているとき、昔担任していたしのちゃんの話がでた。いちばん苦労しただけにいちばん懐かしい生徒だ。 しのちゃんは障害の程度でいえばいちばん重度で、いろいろ手のかかる生徒だった。中でもいきなりぶん殴ってくる暴力には本当に…

先々安心の話

進路懇談会があった。今、高等部2年生は卒業後の進路先をある程度決めて実習先を決める。その話の中で「ここに入れれば、いろいろ面倒を見てくれるから、先々安心」といった言葉が頻繁に出た。仕事をするだけでなく、生活面の面倒も見てくれるという意味だ。…

生徒たちの「生きる」を引き出す

昨年の11月末にやった授業の話。すごくおもしろかったのでここに載せます。養護学校の生徒たちの思いがよく見えます。 1年ほど前、県教委の主催するアーティスト派遣事業に応募した。国数の時間、本を読んだり、詩を読んだりした後、感想を聞いても「面白か…

ガジュマルの木とキジムナーができるまで

学習発表会の舞台が終わりほっととしたところ。「ガジュマルの木とキジムナー」の芝居つくりはほんまに面白かった。二つの詩をまず作り、そこから芝居を起こしていった。 わしは ガジュマルの木 おじいさんの おじいさんの そのまたおじいさんが まだわかか…

詩を読んだ

生徒たちと詩を読んだ。 平和教育というほどではないが、学習発表会で舞台に上げる芝居の中に、沖縄戦のさなか、大砲が村を向き、夜が明けたら弾が発射されるという場面がある。弾が発射されたらどうなるか、と聞くと、たいていの生徒は村人たちが死んでしま…

芝居の稽古が始まる

10月12日にやる芝居の稽古が始まった。1年で一番楽しい時だ。朝からわくわくしてしまう。 「ガジュマルの木とキジムナー」の台本をみんなに配り、「ガジュマルの木の歌」と「おいらキジムナー」それに「やさしいこころ」の3曲を歌って雰囲気を盛り上げる。み…